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レポート:クリエイティブな力が街を牽引する~ヨーロッパと日本の事例から/SC3cafe vol.10(後編)

2009年9月 8日

レポートの後編です。
前編はこちらです

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●リチャード・フロリダと「クリエイティブクラス」
一方、イギリスやヨーロッパに限った話ではなく、「クリエイティブクラス」という名を付けたリチャード・フロリダという人がいます。彼はアメリカ人ですが、今はカナダのトロント市が街をクリエイティブにしたいということで、彼を引き抜いて街の調査をさせています。彼はもともと経済学の研究者で、何から始まったかというと「トヨタ方式」なんです。いわゆる日本の経営方針の研究から、クリエイティブ資本主義であるとかクリエイティブ経済が重要だと考えました。また、彼が生まれたのはフィラデルフィアですが、彼のお父さんは自動車産業の労働者、イタリア系移民の方です。そういう自分のバックグラウンドを考え、一方ではヤフーやグーグルの創業者が大学時代から起業していたということにも目を付けて、あるいはミュージシャンやDJのような人たちを、これまでのアッパーとかミドルとかいう言葉でくくるのではなく、クリエイティブな仕事をしている人をすべて「クリエイティブクラス」と名付けました。

クリエイティブな人が成長していくには何が必要かということに対して「3T」(タレント、テクノロジー、トラレンス)とよく言われます。もちろん才能、技術は必要ですが、ここではトラレンス、多様性を認める寛容性ということに注目したいです。ヤフーやグーグルの例に限らず、アメリカのソフトは多様な留学生、中国、韓国系、日本、アジアをはじめとするほかの国から来た人たちや、その子孫の人たちが作っているわけです。そうすると、アメリカでずっと暮らして来ている人たちだけがアメリカの経済を支えてきているわけではなくて、多様な人が入ってきて新しい考え方を交換・シェアし、そういうことによってクリエイティブな活動というものが生まれてきた。だから彼はブッシュ政権にすごく反対して、ブッシュがイスラム系の人を排除したことなどを非常に批判しています。

こういうふうにクリエイティブクラスターであるとかインダストリーであるとか、そういう集積が集まってクリエイティブシティという言い方がされる。それでも最初に言ったように、やっぱり人が介在することによって生まれてくるということが重要だと思います。そこに住んでいる人たちがいかに自己満足して暮らせるか、それから貧しい人もお金持ちの人もいろんな考え方をしている人たちもそこでコンファータブル、居心地よく暮らせるような街であること。それでいて経済的にも基盤があるという、これは理想的ではありますが実現している街が確実にあるということで、やはり私たちが目指す目標になり得ると思います。

こういったことから、80年代後半から現在に至るまで、世界中でクリエイティブな活動、事例が実際に増えて、クリエイティビティは人間においても地域においても産業においても必要なんだ、大切なんだと考えられるようになり、アメリカ、カナダ、オーストリア、ドイツ、フランスと取り組みが行われていきます。それからユネスコは「クリエイティブシティズネットワーク」というものを作って、こうしたクリエイティブインダストリーに関心を寄せています。日本国内も仙台市をはじめ、だいたい政令指定都市レベルのところが関心を持って政策に取り入れていると思います。

●「アルスエレクトロニカ」に見る総体性と継続性
いくつかの事例を紹介します。いまや世界中に拠点がある「シルク・ド・ソレイユ」も、最初はカナダのケベックにできたパフォーマーの小さなグループでした。いまや巨大産業となってカナダの経済をかなり動かしている状況ですが、彼らが拠点を置いているところは昔、ゴミ処理場だったところです。そこで汚染を直しながら、舞台芸術、劇場、コスチューム工場、それから学校などを総合的に作っていきました。かなり環境コンシャスにやっているんですね。ただし実験的なことができるのは、彼らが世界中で稼いだお金をここに投資できて、自分たちで運営ができるという仕組みを作っているからです。その仕組みを作るのはNPOとして行っていて、企業的な考えとは違うところでやっている。こうしたことを見ても、世界中で創造産業に含まれているものはいろいろありますが、自分たちが一人勝ちすればいいという考え方ではないことが1つのポイントになると思います。

次の例は、オーストリアのリンツです。ここは人口20万人程度のオーストリア第3の都市で、オーストリア最大の工業都市。とはいえ、オーストリア自体がそもそも大きな国ではありませんので、どこにあるのかわからないくらい小さな都市だと思うんですが、ここはエレクトロニックアート、デジタルメディアアートというもので非常に有名になっています。ここを目指して、世界中で同じようなメディアアートのフェスティバルが増えていますけれども、ここは町おこしを最初から目指していたわけではありません。1970年代、私が初めてロンドンに行った時のがっかりした状況と同じように、やはりここも最初は鉄鋼業、工業の町だったんです。

そんな中、1979年に本当に小さなフェスティバルとして始まったわけですが、第1回目で10万人の人が集まったとされています。それだけの大きな反響があって、本格的に毎年行われるようになりました。エレクトロニック音楽やメディアアート、コンサート、パフォーマンス、シンポジウムなどで構成されていますが、アートとテクノロジー、そして必ずソサエティが関係してきます。すなわち、市民が住む社会というところを意識しています。1970年代当時、あるいは80年代はまだメディアアートがどういうふうに進むかわからない状況だったと思いますが、それを街のフェスティバルにしようという英断はすごかったと思うんですね。そして実際に、未来につながっていったわけです。

「アルスエレクトロニカ」というのは総称なんですが、その中にフェスティバル、アワード、展示空間、ラボラトリー、国際ネットワークという5つのコンポーネンツがあります。展示空間としては「アルスエレクトロニカセンター」というアートセンターのようなものを作って、現在ではリンツのランドマークになっています。最先端の技術やプロジェクトがこの場で見られる、あるいはここに集まってくるという場です。このフェスティバルは市民の方たちとの関係を非常に大切にしてありますので、フェスティバルが始まる前日にセンターを開放して、誰でも来て見られるようにしています。つまり市民の人が世界最先端の芸術などを最初に見られる、体験できるということで、そういった仕掛けがとても大切なことだと思います。

また、彼らが一番大切にしているのがラボラトリーで、メディアアーティスト、リサーチャー、研究家の人たちがリンツに集まる仕掛けとして「アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ」というものも始まっています。これはアーティスト・イン・レジデンス型で、いろんな国の人たちが一定期間リンツに滞在し、リサーチしたりほかの研究者とコラボレーションしたりしながら、新しいパフォーマンスや技術を生み出していくものです。1つの施設で朝から晩まで一緒の場合もあって、一体感が生まれてくるんですね。また、世界中から来た人が集まってここに滞在するわけですから、リンツの人も世界中のいろんな人に会えますし、ここに滞在するアーティストの人たちも世界中の自分の仲間たち、自分にない考え方をする人たち、あるいは技術を持っている人たちと出会い、技術を交換し合ったり、お互いの才能、発想を高め合ったりできる。また、国際的なネットワークを作っていくことにより、常に情報と人的な交流というのがまかなえるんですね。

このようにそれぞれの特徴をあわせた総体としてあるのが「アルスエレクトロニカ」の大きな特徴だと思います。ただフェスティバルをやるだけではなく、さまざまな施設、プログラム、開催の仕方を考えていく、そういった仕掛けを一緒にやることが重要ではないかと思います。一過性で終わらない仕組みがあることによって継続性が生まれ、街の中や市民の人の中にも意識が育っていくということです。

ちなみに「アルスエレクトロニカ」でいま芸術監督をしているのはゲルフリード・シュトッカーという人で、この人は31歳で就任しました。最初の芸術監督も38歳で就任していまして、若い人がリーダーシップを持っているということです。いま世界中のクリエイティブインダストリーやクリエイティブクラスターといった現場では、若い人たちがリーダーシップを持って働いています。芸術や文化の分野でも日本以外では30代前後や40代の若い人がやっています。それはすごく大切なことで、いま日本では頭がみんな重すぎると思うんです。若い人たちが責任感を持って新しいアイデアをやっていくということは、これからの日本にとっても非常に大切ではないでしょうか。

●転換期を同時に迎えたヨーロッパ各都市の事例
リンツのような取り組みは世界のほかの都市にもあります。今年の3月に宮城県美術館で「交差するクリエイティブ・パワー」というシンポジウムを開きましたが、その時にイギリス・マンチェスターで「フューチャーソニック」というメディアアートフェスティバルを立ち上げたドリュー・ヘメントさんをお招きしました。彼も言っていますが、イベントはすごく短い期間だけれども、1年かけてプログラムを行い、世界中の優れたメディアアーティストや理論を考える人、社会を変えていこうと考えている人たちをその機会に呼んでしまうんですね。そこでディベートやディスカッションを重ねていることのほうがむしろ特徴だと言っています。

フェスティバルといっても1年のプロセスであって、アートとミュージック、それから大学のリサーチも関わっている。また、世界中のいろんなところから人が来るので経済効果や波及効果もある。それから地域に対するコミュニティデベロップメントもあるし、それから重要なのはアクティビズム。やっぱり常に動いていることが大切だと彼も言っています。イベントというものをあまり高く、大変なものと考えるのではなく、自分の生活の延長で何かやりたいということでイベントが始まり、それが広まっていくような形でやればもっと自然にできるのかなと思います。

次に紹介したいのはフランスのナント市です。やはり昔は工場だったところですが、ここに「ラ・フォル・ジュルネ」(熱狂の日)というイベントがあります。仙台の「せんくら」の原点になったと思われるイベントですね。ナントもせいぜい50万人あるかないかの小さな工業の町で、先ほどのリンツと同じように大変疲弊していました。やはり工業の時代でなくなれば、次に何をしていくかということが同じように問われていくんですね。そういった時にナントではエローさんという市長が、文化による街づくりを立ち上げようということをマニフェストに書いて当選しました。10年、20年くらいのスパンで彼はこの街を再生していったんですが、その中でアートNPO的な人たちの考えたプログラムで良いと思ったものをどんどん伸ばすというやり方をとりました。ナントの街をこうしていきたいというビジョンをみんなが共有していたということですね。

一例ですが、エローさんは巨大な人形を操るロワイヤル・ド・リュクス、ここから派生したラ・マシンというパフォーミングアーツグループをヘッドハンティングして、ナントに住まわせて活動してもらっています。たとえば、さまざまな工場が排出した化学薬品によって汚染されてしまっているナント島を浄化して、緑が豊かなところに再生しようという計画が進みました。そこに公園を立てようということになり、ロワイヤル・ド・リュクスに作らせようと考えました。いま一部オープンしているんですけれども、これがものすごい反響を呼んでいます。また、昔はビスケット工場だったところを「リュ・ユニーク」という文化センターにしたり、「河口プロジェクト」というロワール川で行う現代アートフェスティバルを仕掛けたりしています。

そうしたナント市の文化政策には、創作活動を中心の原動力にしましょうという意識があります。それから市民の人が参加できるようにし、芸術家の人が暮らせる街づくりを行う。なんといっても市民の人が楽しめる、暮らしやすいというところを目指しているんです。その結果、ある雑誌が行った読者投票で、2002年・2003年にフランスでもっとも住みやすい街だと評価されました。ここが住みやすいということになれば、企業なども積極的に誘致できるようになって、フランスの中でもかなり有名な街となっています。

もう1つはアムステルダムです。アムステルダム中央駅の海岸にドックランドがありますが、そこをいまアーティストの人たちが改築してアートセンターにしようとしています。エネルギーも自分たちで作って、エコのステーションを作っていこうとしています。いろんな分野のアーティストの人たちが集まることによって、それができてしまうんですね。非常に広大な場所で、片方では工場で何かモノを作って車がガンガン動いている、片方ではアーティストの人たちが作品を作っているという不思議なところですけれども、ここはお薦めの場所です。

●そして、日本も動き始めた
さて、話を日本にシフトいたしますと、いま横浜市が「クリエイティブシティ・ヨコハマ」ということでやっています。横浜も港湾都市であり、かつて工業都市であったという要素があり、クリエイティブシティ的な発想を取り入れていこうということを考えていて、その大きな柱が「ナショナル・アートパーク構想」です。これはある一定の期間、いくつかの場所をナショナルパークと呼びましょうというもので、象の鼻や大桟橋、馬車道駅周辺を重点的に整備しました。また、昔、艀(はしけ)などが泊まっていたところを市民向けの遊歩道に変えました。それからアーティストやクリエイターが集積できるところを作っていこうということで「クリエイティブコア」、日本語で言うと「創造界隈」ということで、バンカートNYK、ZAIMなど、古い建物を転用してアーティストの人たちが集まって活動できるようにした。バンカートだったところは「ヨコハマ・クリエイティブシティ・センター」となって、ここを中核にして発信していこうということをやっています。それから「映像文化都市」ということで、「横浜国際映像祭」というものが始まります。住友文彦さんというまだ若いキュレーターの方がディレクターになっています。それから「横浜トリエンナーレ」、「黄金町バザール」などもあります。このように、日本の中でも果敢にやっているところもあるわけです。

横浜がもともとクリエイティブパワーを作っていこうと考えたのは、馬車道や日本大通りなどがどんどん空洞化して、やはり人がいないということから始まっているんです。ある種、官公庁的な建物ばかりなので普段は人が来るようなところではないところに、若いアーティストの人たちに入ってもらう。芸大の映像学科も誘致したんですが、そういうふうに横浜は横浜で、中心市街地の空洞化という現象が起きていたというところがあります。そこをどうしていこうかということが、創造都市が始まったきっかけではあったんですね。それから少しずついろんなところに広がっていって、急な坂スタジオであるとかバンカートであるとか、いろんなアートNPOの人たちが街の中で活動し始めています。

そのほかの都市ですと、東京都では「文化首都」や「六本木アートナイト」というものがあります。これは六本木の森美術館と国立新美術館とサントリー美術館で「ニュイ・ブランシュ」(白夜)ということで、夜遅くまで誰もが街の中でアートを楽しめるようなイベントです。「東京アートポイント計画」や、演劇関連の「フェスティバル・トーキョー」というものも去年から始まりました。大阪では市と区と両方で「水都大阪」として、かつて水の都と言われた大阪の文化を復活させようということでやっていますし、金沢は「世界都市」を標榜してやっています。ユネスコでも「クリエイティブシティ・ネットワーク」ということを始めていまして、神戸市と名古屋市がデザイン部門の認定を受け、金沢は工芸・フォークアート部門の認定を受けました。そんな時に、仙台の可能性というものをどういうふうに考えるかということを、これから議論していく必要があるのではないでしょうか。


●質疑応答
Q:フロリダは、やはりどう人を集積させるか、吸収させるかということが産業を誘致するよりも先に大事であると言っています。あるいは、それこそが基本だというようなことをよく言っているんですが、そういう政策意識を持ってこうした事例が行われているのか、それとも偶然的にこういうことが結集されて政策となっているのか、そのへんのことを知りたいと思います。

ランドリーやフロリダもそうだと思いますが、最初にこういう事例があって、それから政策になっているんですね。ヨーロッパの都市のいろんなところが同じ時代に行き詰まりを感じ、その中で勇気を持って変えようという人たちがいたところが変わってきた。それが政策に変わっていったということなので、やっぱりまずは人ありき。人がいないと何もできないと思います。それから市民の人たちもそれを後押ししないとできないので、誰か核になる人が何人かいないと実現していないと思います。私がこれまで見てきた中でも、その都市の中で顔が見える人がいるところは常に何かが起きているなと感じますし、それが見えないところは表面的には動いていても継続していくかどうかは疑問です。

Q:産学官の連携についてはどのようにお考えでしょうか。
これは絶対に必要なことだと思います。さっきドリュー・ヘメントをご紹介しましたが、彼は学者でもあって、大学が外とつながっていかなければいけないと考えているんですね。ラボラトリーというのはその地域の大学ともつながって、それから企業の人も大学と一緒にやっていかなければいけない。そして行政の人も市民の人も、という感じで、開かれた関係性でないと物事というのは動いていかないと思います。アーティストも自分の住んでいるところだけではなく、いろんな違った文化と出会うことによって新しいアイデアだとか考え方を自分の中に得ていくというふうな発想があって、世界中でアーティスト・イン・レジデンスが増えているのもその現れだと思いますが、そういうふうにいろんな人と出会っていくことがすごく大切だと思います。

Q:カフェでこうしたことを行うことも、普段とは違う環境の中で違う人との出会いを演出し、クリエイティブパワーを生み出す原動力となるのではないでしょうか。

その通りです。こういったヨーロッパのアートセンターには必ずカフェ、バーそれからディスコがあって、おいしいお酒や料理を出すお店が入っているんです。実は一番大切な要素だと思うんですね。そういったところにアーティストやクリエイターが吸い寄せられるように集まって、特別に何かを話さなくても「やあ!」と言って出会える空間。先ほどご紹介したリュ・ユニークなども、平日になぜこんなに人がいるのかと思うほどたくさんいて、うらやましいなと思います。日本だと平日にカフェにいると罪悪感のようなものがあるんですけれども、やっぱりそういうところで友達と話している時など、仕事ではない時にいろんなアイデアが浮かんでくると思うんですよね。アルスエレクトロニカでもナントでも、そういう日常の何気ない時間をみんな大切にしていて、だけど何かあったときに「この指止まれ」のようにわっと集まる。でもそういうことは、日々集まっていなければ顔が見えないし、そういう関係を築けない。だから、いつもどこかに人が集まっている場所があるということがすごく大切だと思います。ようは、みんなで楽しい街にしていきましょうという気持ちが何より一番だと私は思います。

クリエイティブな力が街を牽引する~ヨーロッパと日本の事例から/SC3cafe vol.10
・日時 平成21年7月24日(金) 16:00~17:30
・場所 カフェ エ クレープリーノート
・ゲスト 菅野幸子氏(独立行政法人国際交流基金 プログラム・コーディネーター)
・参加者 デザイナー、アパレル、教育機関、行政機関の方など14名


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