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クリエイターインタビュー|平間 博之さん(前編)

「Leather Lab.hi-hi」で革の鞄や小物などの制作・販売をしている平間 博之(ひらま ひろゆき)さん。「自分はつくらせてもらっている」という平間さんの、鞄づくりを始めたきっかけや転職、イタリア留学でのたくさんの人との出会いについて、そして「自分だからこそできる形を追求したい」というものづくりへの思いを伺いました。

 

―ものづくりの道に進みはじめたのはどのタイミングだったのでしょうか。

もともとものをつくることは好きで、高校時代に選択授業で美術をとっていたのですが、そこで描いた絵がコンクールで入賞したことがあったんです。そんな経験も影響して、大学でデザイン関係を学んでみたいなと思って東北工業大学のデザイン工学科に進みました。

自分で一から十までをつくれるものをやってみたいという思いがあったので、グラフィックデザインなどを勉強したあと、大学3年から所属する研究室では、もともと興味があった造形を学ぶために、彫刻をしている先生の研究室に入りました。

―研究室では何をつくられていたんですか。

個人制作を始める時は、自分は何をつくりたいのかと悩みました。それまでは研究室の課題として、版画や粘土を使った彫塑を学んできたのですが、その経験から自分は何をやれるのかなと。それで、すごく単純なんですけれど、自分が欲しいものをつくろうと思ったんです。その時ちょうど、鞄が欲しかったんですが、市販されているものでは気に入るものがなくて。それなら自分でつくってみようということで、鞄をつくることにしました。

―そこで、革の鞄にしようと?

それが、最初は布の鞄だったんです。その時は、革の鞄は大人っぽいとかエレガントというイメージしか持っていなくて、あまり好みではなかったので。でもある時、研究室の先生に「鞄をやるなら革も使ってみたら」と言われて、持ち手やポケットの一部分を革でつくってみたんです。そこで初めて革を扱ったのですが、布とは全く違う独特の技術が必要なことが分かって、ちょっとおもしろいかもしれないと思うようになりました。そこからだんだん革にのめりこんでいって、次につくった鞄は革の面積を少し増やして、その次は革メインでつくりました。「鞄」という字は革で包むと書くので、やっぱり鞄をつくるのに革は切り離せないものなのかなと考えるようになって、それからは「革を用いた鞄・小物の制作」というテーマを決めて、卒業制作でも革の鞄をつくりました。

―その頃から鞄づくりを仕事にしようと考えていたのですか。

当時は鞄づくりで食べていこうという考えはなかったです。自信もなかったですし、趣味で続けられたらいいかなというくらいの気持ちでした。

なので、大学卒業後は、ホームセンターを運営する会社に就職して、店舗でクラフトの材料や画材を販売する仕事をしながら、自宅で細々と鞄づくりを続けていました。

―何かきっかけがあって独立されたのですか。

就職して1年経った頃、私がいた店舗から材料や画材を扱う部門がなくなることになって、私も他の部門か別店舗に異動するという話になったんです。その頃、販売業をしながらものづくりを続ける中で、なんとなく「これでいいのかな」と感じ始めていた時で、仲のいい同僚からも「これはきっと何かのタイミングだから、自分の好きなことをやってみたら」と背中を押されて、会社を辞めることにしました。

―海外へ留学されたのは、その後ですか。

退職して1年くらい経った頃、24歳の時にイタリアのフィレンツェで2カ月間の短期留学をしました。会社で働いていた頃に、大学時代の先生から「留学でもしてみたらいいんじゃない」と言われたことがあって。その時は聞き流していたんですけど、会社を辞めて、アルバイトをしながら一人で鞄づくりを続ける中で、だんだんと「留学」という言葉が頭の中で膨らんでいったんです。それで、何か自分を意識的に変えなきゃなと思い、留学を決めました。

―フィレンツェの鞄づくり技術を習得するために留学されたのですか。

向こうでつくっているものを同じようにつくれるようになりたいとは思っていなかったんです。自分の目で見て、吸収して、それで自分は何ができるようになるだろうという好奇心のような気持ちが大きかったです。

実際には、語学の勉強と工房での実習、あとは職人さんを紹介してもらって会いに行ったり、とにかく街を歩いていろいろな工房に行きました。突然行っても、「ちょっと見せて」と言うと「いいよ」と中に入れてくれたりするんです。

―突然工房を見せてもらうのって勇気がいりますよね。

もともとすごく人見知りで、あまりアクティブな方ではなかったんですけれど、留学を決めた時から、自分を変えていかなきゃという気持ちがあったので、自分でも驚くくらい積極的に動きました。とにかくがむしゃらに、いろいろなところへ行きましたね。そこは、短期留学にしてよかったところかもしれないです。時間に限りがあるから無駄にできない。ここで見られるものは見ておこうみたいな。

―印象的な出会いはありましたか。

日本人の職人さんで、木象嵌細工の修復をやっている方にすごくお世話になりました。その方は革も扱っていたので、おもしろい職人さんを紹介してもらったり。その方に出会っていろいろなことを教えてもらいました。

―中身の詰まった2カ月だったのですね。

そうですね。ただ、それは前半の1カ月ぐらいの話で、後半はまた違う特別な経験がありました。私が留学したのが2011年の2月だったので、留学中に東日本大震災が起こったんです。ある日突然、母親から「みんな無事です」というメールが来て、ネットのニュースで地震と津波のことを知りました。実家が海の近くだったので、家も流されただろうなと分かりました。

その時に「このままここで勉強してもなあ」と気持ちが切れてしまって。日本に帰っても家も道具も何もないし、もう鞄づくりはできないだろうと。それからは23日学校に行かず、部屋にこもっていました。

―その後はどうされたのですか。

その時、様子を見に来てくれていた木象嵌の職人さんから、知人から預かったと100ユーロを頂いたんです。その方も日本の方で「直接役立てられる人に使ってほしい」と。それがきっかけで、「この思いに応えるために自分はこれから何ができるんだろう」と考えました。

その時に木象嵌の職人さんが「日本に帰ってからもきっと大変だろうから、何かつくって売ってみたら」と言ってくれたんです。それで、使ってみたいと思っていた素材や留学の間に買っていた革で、ブレスレットを手縫いでつくって、近所の職人さんに「こういうのをつくったんだけどどう?」と見せたら、「Bene,bene!(いいじゃん、いいじゃん)」と言って、10ユーロで買ってくれたんです。それからも話を聞いて買いたいと言ってくれる方が出てきて。そこから、もっとつくろうという気持ちが湧いてきて、毎日ブレスレットづくりに没頭しました。いろいろな職人さんから「頑張れよ」と声をかけていただいたり、本当にたくさんの方にお会いして、直接ブレスレットを届けては勇気づけてくれる応援の声をいただきました。

「心」の文字が入ったブレスレット

―帰国するまではブレスレットづくりを続けられたのですね。

そうですね。ただ、家のことも心配だったので、予定よりも早めに帰国することにしました。

帰国する2日前に、最初のきっかけをつくってくれた100ユーロをくださった方にやっと会いに行けることになって。その方は料理人の方だったので、そのレストランまでブレスレットを届けに行って、直接お礼を言うことができました。

その方も今は帰国されて、大阪でお店をされているんですが、先日、鞄のオーダーをいただいたんです。ぜひつくらせてくださいとお受けして、完成したら直接納品に行きたいと思っています。

取材日:平成30年8月27日
聞き手:仙台市地域産業支援課

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平間 博之

宮城県岩沼市出身

東北工業大学工学部デザイン工学科在学中に革を用いた鞄・小物の制作を始める。

卒業後、2011年にイタリア・フィレンツェへ短期留学し鞄の製造を学ぶ。

帰国後、「Leather Lab. hi-hi」として革の鞄・小物を中心とした制作・販売を始める。

展示会やイベント出展等を行いながら、鞄や財布等のセミオーダーの受注生産も行っている。

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