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クリエイターインタビュー前編|山口晃(撮影業)

この仕事を知ったときは「あ、見つけちゃった」という感じでしたね。

写真や動画撮影を中心に仙台市を拠点として活躍する山口晃さん。山口さんが構える事務所にはたくさんのレコードや写真集、こだわりの雑貨やインテリアが並ぶ。お気に入りのものに囲まれながら飄々と作業を行う姿は、それを見ている側も童心に返らせる。今回は山口さんが撮影業に行きつくまでの経緯を伺った。

―「カメラマン」や「フォトグラファー」という肩書きをよく目にするのですが、山口さんには肩書きにこだわりはありますか?

僕は言葉に敏感なので、意味をあれこれ考えてしまって肩書きをつけられなかったんです。なので、名刺もそうなんですけど、肩書きは何も書かずに自分の名前だけで仕事をしています。どうしても肩書きをつけなきゃいけないとなれば「撮影業」でしょうか。

―山口さんの事務所内を見渡すとレコードや本などが見受けられますが、昔からお好きなんですか?

そうですね。小学生のとき、同級生のお兄ちゃんに影響を受けました。彼は中学校一年生の頃にはターンテーブルなどを持っていて、靴はジョーダンを履いていたんです。当時、僕は他の同級生と同じようにTRF とかを聴いていたんですけど(笑)、今まで聴いたことのない音楽がお兄ちゃんの部屋で流れていて、この空気感はなんだろうと衝撃を受けたんですよね。中学生になると自転車という武器を手に入れるので、それを一生懸命漕いで仙台市中心部に行ってお年玉を使い果たしたりしていました(笑)。僕は部活も真面目にやっていたのですが、一方では街で遊ぶということも大事にしていました。

―近所のお兄さんの影響でカルチャーに夢中になったんですね。

レコードのジャケットに写っている景色など色々なものを見ていたら次第にアメリカに憧れるようになって、自然と海外にも目が向くようになりました。

キャプション/山口さんの好きなものが揃えられた事務所内の様子。

―撮影業を仕事にしようと思ったのはいつですか?

最初に就職して働いていた福祉の仕事は好きだったのですが、やりがい以外で悩むことも多くて。そんな時、尊敬する著名なサーファーさんがカタログの表紙で僕が趣味で撮っていた写真を使ってくれて、しかもお金をもらえたんですよ。それを知ったときは「あ、こういう生計の立て方があるのね。見つけちゃった」という感じでした(笑)。それから勤めていた会社にいつか必ず恩返ししますと伝えて退職させていただきました。

 

―それからどのようにしてキャリアを積まれたんですか?

退職した後は東南アジアを3ヶ月くらい旅して、色々なものを見ましたね。戻ってからは色々なバイトをしながら、写真で食べていくにはどうしたらいいのかというのを20 代後半に考えはじめたんですよ。それで、ラボやスタジオがある株式会社アオバカラーの社長に面倒をみてくださいと頼み込んだんです。一度は断られてしまったのですが、すぐに社長から電話がきて、3年間は面倒をみるからその間に人脈を作って独立できるようにしろと言われました。それからは1日中働きっぱなしでしたね。朝はアルバイトをして、日中は会社に行って、夜はアシスタントや社会勉強の日々。写真で商売をするからにはきちんと写真のことを知らないといけないなと思っていたので、休みの日は関東などの好きなフォトグラファーのところへ行って手伝いをさせてもらっていました。まさに不眠不休の日々でしたが、それを3年間続けました。僕は、人見知りはしない性格で、そのうちに段々と知り合いが増え経験も積むことができたので、事務所など全て整えてから社長との約束どおり入社してから3 年後に独立しました。今でも社長はじめアオバカラーの皆様とはお付き合いをさせていただいています。

キャプション/事務所内で作業を行う山口さん

―映像の仕事もされていますが、メインとしては写真でしょうか?

今は映像が50%、写真が40%、カテゴリーできない仕事が10%という感じです(笑)。「カテゴリーできない仕事」は撮影者として映像の制作に入るというよりはディレクターとして参加したり、ブランディングとまではいきませんがお店の広告をプロデュースさせていただいたりすることがあります。最近だと、僕は海外にも結構行っていて食べ物や雑貨などにある程度の知識はあるので、そこを評価していただいて写真の背景作りや空間作りなどを依頼されたりもします。そのときは、一つの小物を使うにしてもなるべく本物を使うようにしているんです。例えば、70 年代のイメージを作りたいとなれば、『ヴィンテージ風』ではなく『本物』のヴィンテージアイテムを選んで提案しています。

 

-仕事をするうえで大事にされていることはなんですか?

相手をリスペクトすることです。誰に対しても優劣をつけず、まっすぐに接しています。一般的に僕の仕事って「NO」と言いづらい立場にあるのかもしれませんが、内容や金額でも納得できなければ「NO」という選択をすることもあります。自分の哲学にブレずに判断して取り組むことが、巡りめぐって信頼に繋がると感じています。僕にも得意不得意があります(笑)。何もかもできるわけではないので「なんでもやります!」とは言えないんですよ。あとは、挨拶も大切にしています。

 

キャプション/山口さんが手がけた作品を用いた広告 左右:井ケ田製茶株式会社様

キャプション/山口さんが手がけた作品を用いた広告 左右:株式会社Individuel様 ( Kazunori Ikeda )

-仕事の面白さを、どういったところに感じていますか?

色々な人に会うことができて、しかも自分がまだ知らない世界に潜入できます。普段なかなか会って話すことのない方々と話ができるし、例えば飲食店なら社員さんのマインドから店舗や厨房など、ソフトとハードの両面を直接感じることができます。通常利用だとなかなか見せてもらえる機会はないですし、経験も豊かになると思います。あとは、お客さんに喜んでもらえるということに尽きます。次も僕と一緒に仕事をしたいと思ってもらえることが嬉しいですね。

-反対に辛いことはありますか?

終わりを決めないと終われないということです。撮影時間が2時間と限られている場合はそうしなきゃいけないし、諦めるという意味ではありませんが100 点のものを作ってもまた粗が見えてきて撮り直したくなるので、自分の中で合格点を決めなくちゃいけないのが辛いです。

-仕事で困ることもあれば教えてください。

困るとは少し違うかもしれませんが、軽率に値切られることが多いことでしょうか。例えば、値段の決まった料理を注文して「今日ここで食べるのが初めてだから60%オフにしてよ」と言う人はいませんよね。でも、このジャンルでは高い確率で値切られます。ものの原価について言及される方もいますが、それを言うならご自身でDIY したほうが話は早いし、僕たちが仕事として役割を担う意味もなくなってしまうような気がします。どの業界でも商いは利益を出すためにやっていますし、ものだろうと、技術だろうと、それが商いだと思います。時間と技術をお金で買っていただいて、そのお金で僕は必要なものを買い、必要な体験をします。誰もがあるときは提供する側で、あるときはお客さんの立場になり得るので、規模の大小に関係なくこうして経済は回っていることを意識してほしいです。今、お金のことばかり言っているように聞こえるかもしれませんが(笑)、僕はそう考えています。

取材日:令和2年2月4
取材・構成:佐藤 綾香
撮影:豊田 拓弥

前編 > 後編(5/6予定)

山口 晃

1982 年生まれ、宮城県仙台市出身。株式会社アオバカラーを中心に修行。写真創りを遊びと基礎の両面から学び、独立。宮城県仙台市を拠点に、スチルライフ撮影、動画撮影に取り組んでいる。

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