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クリエイターインタビュー|門傳 一彦 さん(後編)

撮影や編集はもちろん、映像に合わせた曲まで自身でつくってしまうマルチな映像作家、門傳 一彦(もんでん かずひこ)さん。日本で唯一音響設計学科がある九州芸術工科大学(現:九州大学芸術工学部)に進学し、「音」のデザインについて学んだ後、映像制作を仕事にするようになるまでのこと、仙台での暮らしや仕事についてお話を伺いました。

―仙台で暮らしてみて、暮らす前のイメージと何か違いはありましたか。

あまりないですね。狭い範囲で暮らしも仕事も大体のことができてしまうので本当に便利なまちだなと感じています。人脈という面でも、よくも悪くも狭いので、キーパーソンに出会ってしまえば一気にいろんな人とつながりますよね。

イベントひとつとっても、おそらく仙台はイベント自体の数も参加者の数も首都圏より遥かに少ないですが、だからこそイベント後に講師とも参加者とも直接話せる可能性が高い。「東京ならあんな人と話せないよ」みたいな人と飲み屋で一緒に話ができたりしますから。

仙台の人は「田舎だから……」なんて言いがちですが、そこまで条件は悪くないと思っています。首都圏にもすぐ出られる距離だし、そもそも生活や仕事のすべてを仙台市内で完結しなくたっていい訳です。通信網や交通網の発達で場所を選ばない仕事も増えてきていますしね。

―人とのつながりは、どういった感じでできていったんですか。

きっかけになったのは、「せんだいスクール・オブ・デザイン(SSD)」ですね。

最初にいた写真事務所がブライダル専門ということもあって、出会う人やできる仕事が限られていたことに悩んでいたんですが、何気なくツイッターを見ていたらSSDの受講説明会の告知が流れてきて。当日、開始1時間ぐらい前……いや、40分前ぐらいだったんですが、「絶対行かなきゃいけない気がする」と思って、自転車をかっ飛ばして説明会を聞きに行きました。説明会を聞き、勢いそのままに受講を決め、そこで初めて他分野の人たちと知り合いました。

―その頃は、まだ写真事務所にいらっしゃったんですか。

そうです。独立を決めたのは、震災後でした。SSDでのつながりもできつつあったし、いいタイミングだなと思って会社を辞めることにしました。お世話になった会社だから迷惑はかけたくなかったので、引き継ぎなどもきっちりやって、翌年からフリーランスとして働き始めました。

ブライダルではない仕事がしたかったので新規開拓が必要だったんですが、仕事を紹介してもらったりとSSDメンバーに助けてもらったおかげで、うまくスタートが切れました。

SSDでのつながりを振り返る門傳さん

―そのときのお仕事というのは、どういったものでしたか。

実は最初期の大きな仕事がSSDPV制作でした。ネギ農家さんや菊信紙工所さんの映像をweb上で公開していたんですが、たまたまそれを見たSSDの事務局の方からご依頼いただきまして。

趣味でつくった映像が、人脈が狭いことも功を奏して広がり、うまく営業機能を果たしてくれたんですね。そのサイクルがうまく回り、いろいろとお仕事をさせてもらっています。映像と音楽がセットできる方はあまりいらっしゃらないようで、「この案件なら門傳さん」という感じでご依頼いただける。一人でやる分ある程度コストが抑えられるというメリットもありますしね。

―人脈を広げるために人が集まるところに顔を出してみたりすることはありますか。

人脈というよりは、興味がある分野のイベント、何となくピンときたイベントには、本業に関係なくても行きます。興味があるところに普段から行っていると、「そういうのに関心を持っているならきっとこういう案件も合う」とご相談いただけることもありますし。つらいことを仕事にはしたくないので、自分の興味関心とやりたい仕事が沿っていくようにしています。将来性があるかはわからないですけど(笑)。

―将来性というお話がありましたが、今後やっていきたい仕事や、チャレンジしたい分野はありますか。

今のメインの仕事は映像と写真なんですが、ずっとこれだけを続けたいかと言われると、正直そうではありません。ただ、すごくしっくりきている仕事ではあるので、自分にとっての有効な1ツールという位置づけで継続的に取り組みつつ、他分野で興味が向いたものにもどんどん挑戦していき、新しいものにつなげていければいいなと思います。

―お忙しそうですが、気分転換はどのようにされていますか。

どこかに出かけて気分転換することが多いですね。家で過ごす場合は、試してみたいと思っている技術など興味のあることについてひたすら調べていることが多いです。本業とは全然関係ないものでも、調べてみたら仕事に役立ったということもあるんですよ。

―例えばどういったものがありましたか。

DTPソフトが、印刷物だけじゃなく映像の編集にも使えることを発見したことがありました。他にも3Dプリンターやモデリングの知識が3DCGとして映像中に使えたり、なんなら撮影用品をつくってしまったりという感じです。

―映像から音楽まですべて一人でやることのやりがいやご苦労についてお聞かせください。

クライアントから作品を褒められたときは本当に嬉しいです。一方で、「いいかどうか、私たちでは判断できません」みたいに言われたことがあって、その時は心が折れそうでした。つくったものの反応がすべて自分に返ってくるので、刃を突きつけられているような気持ちになります。まあでも、すべて自分がやったことなので納得はできますよね。組織で動く場合には、そうもいきませんから。

―お仕事の中で感じている課題はありますか。

その仕事がどのくらい効果的だったのかきちんと測定できていないところに課題を感じています。そういう点で、PVとパンフレットやwebサイト用の写真撮影で携わった世嬉の一酒造さんの売り上げがアップしたと聞いたときは、本当に嬉しかったです。

短期的にせよ長期的にせよ、自分の仕事の効果を測定し、ある程度予測を立てながら仕事ができるようになりたいですね。映像の技術的なスキルアップといった目先の目標もない訳ではないですが、主眼点ではないです。

―世嬉の一酒造さんのお仕事はTRUNK入居者の方々とチームを組んでやったと伺っていますが、今でもチームを組んでお仕事をされることはありますか。

時々ですがありますよ。ただ逆に、自分が苦手な分野のことを誰かにお願いできる能力が足りていないことも、課題だと感じていて。自分だけでは対応できない相談に対しても、ある程度自分でチームを組み立てながら答えが出せるようになりたいなと思っています。

―最後に、若いクリエイターに向けて伝えたいことはありますか。

仕事がなくて困っているなら、仕事をつくるという選択肢もあるということですかね。今存在している職業名から自分の将来を考える必要はないと思います。

あと、極めたい分野があるなら、その周辺にも目を向けておくことは必要だと思います。ある分野のエキスパートが、他の分野についても深い知識を持つことは大きな武器になると思うので。いろんなことに興味関心を持つこと、自分の興味関心を大切にすることは、本当に重要だと思います。

 

取材日:平成28年12月1日

聞き手:SC3事務局(仙台市産業振興課)

構成:工藤 拓也

 

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門傳 一彦

企業・団体・イベント・研究プロジェクト等のPR映像の制作や写真撮影などを中心に活動しています。撮影・編集に加え、映像用の音楽まで一貫して制作するスタイルです。

デジタル工作機器を使ったプロダクト開発に携わった経験もあり、映像・写真に留まらない観点で仕事をしています。

神奈川県生まれ、福岡、ドイツを経て、2008年より仙台在住。学生時代の専攻は音響学、渡独中には農林業体験や様々な芸術表現の分野に触れ、現在に至る。

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