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クリエイターインタビュー|関本 欣哉さん(後編)

仙台市大手町のギャラリー「ターンアラウンド」のオーナー、関本欣哉(せきもと きんや)さん。「仙台藝術舎/creek」や「せんだい21アンデパンダン展」など、アートにまつわる場づくりに精力的に取り組む関本さんにお話を伺いました。

2016年から、アーティストやアートに携わる人材を育てる「仙台藝術社/creek」(平成28年度クリエイティブ・プロジェクト採択事業)を始めたきっかけを教えてください。

これまでも言っていた通り、僕が人生で最も影響を受けたTSAのような場所は絶対につくりたかったっていうのが前提としてあります(前編参照)。ただ、より強く意識したのが、仙台には美大がないという環境ですね。僕は自分の憤りとか問題意識があって表現を始めたけど、地元に美大がないから、東京に行って学んだり発表したりしてました。でも、震災があって、特に、自分が問題意識を持っているその場所で学んだり、制作したり、発表したりすることをやりたいというか、それが正常な流れなんじゃないかと思うようになって。自分の問題が仙台にあるのに、美大がないから東京に行って技術を学んで、仙台で持っていた問題意識を形にするというのも、ダメではないんですけど、それなら自分が問題意識を持っている仙台でやった方が腑に落ちるというか。

結局僕がやっている活動って、自分で制作して発表して何か問題を解決するっていうのではないんです。ギャラリーをつくったり、アンデパンダンをやったり、学校をつくったりする活動自体が、自分の作品のコンセプトというか、自分がこうなったらいいなって思うものを実現するための手段なんだなぁって思っています。

2017年のcreek2期からは錦町に構えたアトリエで授業を行っているそうですね。

はい。ただ学校も2年目で、みんな興味を持って続けてくれているので、制作してみたものが実際にどうなるのかを見られる、ある程度の広さのある場所をそろそろつくりたいなと思っています。

錦町にあるcreekのアトリエ

2015年はアートフェアのリサーチ※でクリエイティブ・プロジェクトに参加していただいていました。

アートフェア自体は販売がメインですけど、それに限らず、海外との交流が重要なんです。例えば震災がテーマであれば、東京の人よりも、震災を体験した海外の人とかの方がむしろ興味を持ってくれるし、対話もできる。だからこそ、作品を持っていくときに、自分たちの状況を海外の人に対して表現できる作品やアーティストがいないと、何もならないんだなっていうのを痛感したことが、この学校につながっています。実際、台湾のアートフェアに呼ばれて、そこで交流が生まれて、「今度仙台に来る」と台湾のアーティストが言ってくれていて。でも、そのやり取りを継続するにも、いいギャラリーやスタジオ、いい人材が育っていかないといけないんです。

学校という場をやっていると、海外のアーティストとか、日本人で海外に住んでいるアーティストが、仙台の学生がどのようなことを考えているか知りたいと言って来てくれたり。こちらの生徒も、向こうに行って展示をさせてもらったりして交流が生まれていますね。

 

※平成27年度クリエイティブ・プロジェクト採択事業「仙台アートフェアリサーチプロジェクト」。仙台のアーティストの作品販売の有益性や仙台でのアートフェアの開催の可能性について調査を行いました

creekは今後も続けますか。

最低でも10年は続けたいと思っていますし、先生たちも「生徒が少なくても継続して欲しい」って言ってくれています。

creekの生徒さんたちは展覧会の運営なども手掛けているのですか。

今回の第2期の成果展で言うと、テーマを先生たちで決めたあとは、チラシのデザインや展示プランなど、基本的に学生主導でつくっています。その他にも、先生たちがcreek以外の自分のプロジェクトの手伝いもさせてくれたりしています。creekの先生たちは他の現場で精力的に活動している人たちなので、学生にとってはいい経験になっていると思います。

creekの生徒さんの中には、自分の作品制作以外にも関本さんのように場づくりに興味を持っている方はいますか。

いるとは思うんですけど、僕がやっていることを間近で見ていて逆に「大変そうだな。やらない方がいいのかな」と感じることもあるんじゃないでしょうか(笑)。

ただ、ここの先生たちもほぼボランティアで来てくれているんですけど、大人のそういう姿を見られるのってすごくいいなと思っていて。なんでお金にならないのに、大人が熱く教えているんだろうって感じるみたいです。アーティストにならなくても、そういう生き方とか場所づくりとか、いろいろなやり方があるということは感じてもらえているようですね。

-仙台というまちでの仕事のしやすさ、逆に、しにくいところはありますか。

自分の生活の基盤が仙台で、そこに問題意識があるので、仕事のしやすさっていうよりは、そこでしかできないと僕は思っていて。やるとしたら仙台しかないし、仙台じゃなかったら普通に働いているかもしれません。難しさは、仕事の数が東京に比べれば少ないとか、一般的なことぐらいしかないかな。それは仙台に限ったことではないし、地方都市は大体似たり寄ったりだとは思います。

-仙台にこういうまちになって欲しいとか、行政に望むことやまちに期待することを教えてください。

行政には、アートなど、表現活動において行政側が批判されても拒否するのではなく、対話して受け入れてほしいですね。例えば行政主導の展覧会などで、行政批判の作品が展示されたとしても撤去や排除することで問題なく事を収めようとしたりしないとか。仮にグラフィティなどを観光に利用しようとして、ここに落書きしていいですよっていう壁を行政がつくったとして、でも、それって違和感がありますよね。そもそもなんでグラフィティの表現が生まれたのかっていうと、権力に反抗するところからだと思うんですね。その壁に行政の批判を書いたらどうなるの?それも受け入れる覚悟あるんですか?って。そういう、表現による批判を理解して、受け入れられるまちになれば、住みやすくなるかなぁ。そもそも海外とかでグラフィティなどで観光名所になっているのは、勝手に落書きされたり、アーティストが不法に占拠した空きビルなどが話題になって、後から行政側が保護する形で文化が守られるっていうのはあるけど、そういう場所を行政がまちづくりのために斡旋するという考え自体が何かおかしい感じがします。

-今後、仙台でチャレンジしていきたいことは?

今やっていることを継続して、大きいアトリエができて、いい作品、仙台の表現が従来のアートの文脈に搾取されることなく、海外も含めいろいろなところで評価されて発表できるようになれば、と。アーティストという人材と、作品をつくれる場所という土台があって、さらにそれが経済的にも回っていけるようになるといいですね。みんな志はあるんですけど、お金が続かないと精神的にも苦しくなって辞めざるを得なくなったりしてしまうので、安心して生活していけるぐらいまで持っていけたらなと思っています。現在の資本主義の社会がいいとか悪いとかという話は置いておいて。

仙台のアートの環境づくりへの展望を語る関本さん

クリエイティブ関係の仕事をめざす人やなりたての人へのメッセージや期待することをお願いします。

自分はこう生きていきたいんだっていうものがちゃんと根底にないと、いくら上辺のビジュアルが綺麗な作品をつくれても、意味がないと思うんです。作品的な強度を先に求めてしまうのではなく、その土台となる人としての強度と問題意識を持って、なぜそれをつくりたいのかを自分で明確に理解できているような人になって欲しいです。

-関本さんがTSAで学んだことですね。

学んだというよりは、受け入れてくれたという感覚が強いんですよ。僕、少しでも違和感のあることは先生にすぐ質問したりしてかみついちゃうタイプだったんで。でも、TSAはそれでよかったし、それでいいんだよっていう風に言ってくれる学校だった。それを受け入れる土壌に救われたので、僕もそういう環境をつくりたいんです。

取材日:平成30年29
聞き手:SC3事務局(仙台市産業振興課)
構成:岡沼 美樹恵

 

前編 > 後編

関本 欣哉

1975年宮城県仙台市生まれ。東京芸術専門学校(TSA)卒。90年代後半よりアート作品の制作、発表をはじめる。2010年より社会に繋がる表現の場として「Gallery TURNAROUND」を設立。2016年に美術学校「仙台藝術舎/creek」を開校。建築デザインの仕事も手がけている。

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