SC3ウェブサイト

features

クリエイターインタビュー|菊池 恭平さん(中編)

仙台にある株式会社 comme-ntで、イベントオーガナイザーなどの仕事をされている菊池 恭平(きくち きょうへい)さん。「音楽に関わる仕事がしたい」という漠然とした気持ちを抱きつつも、大学卒業後は人材派遣会社や広告会社でサラリーマンをしていました。そんな菊池さんが、イベントオーガナイザーとして音楽の仕事を始めたきっかけ、そしてその仕事に懸ける思いを伺いました。

─就職を考えたタイミングはいつ頃ですか。

ギリギリまで全く考えていませんでした。周りが就職活動を始めて、「何か探さなきゃ」って焦ったくらいで。漠然と音楽の仕事に就きたいとは思っていたけど、やっぱり普通に就職しようと思った時に、やりたいことがなくて必死に探しました。それで、ベンチャー企業を受けたんですがダメで、結局人材派遣の会社に入りました。

─意外な就職先ですね。

入ってからはもう過酷な日々で。新潟の支店に配属になったのですが、朝5 時出社、夜中の12時退社は当たり前で。12時でも早いくらいだったので、ほぼ毎日5時-2時で働いてました。3か月で10キロくらい痩せましたね。だから、4カ月目くらいでもう無理だと思って辞めました。辞めた月の翌月がボーナスだったんですけど、もうそれもいらないと思って。今思えば、もったいなかったです(笑)。

─退職して仙台に戻ってきたのですか。

はい。仙台に戻ってきて、半年くらいはフリーターでした。ある時、友達から「広告代理店で人を探してるから、ちょっと会ってみない?」って言われて。広告なんて一切興味なかったんですけど、何か響きが良いし、かっこいいからやってみようかなと思って会ってみたんです。そしたら採用してもらえて、その会社に入りました。

─そこでは広告の営業をされていたのですか。

そうですね。クライアントは進学塾だったりパチンコ屋さんだったり。パチンコバブルの時代だったので、売り上げは結構大きかったんですよ。人数が少ない会社だったので、早い段階で、売上の大きいクライアントを担当させてもらったのは、貴重な経験だったと思います。

─その会社を辞めたのは何故ですか。

一緒に働きたいと思う人と働くために辞めました。

会社に入ってすぐに、今の会社(comme-nt)の代表の後藤(広晴氏)と出会ったんです。彼は当時パートナー企業に勤めていて、私が仕事を発注する側でした。最初の出会いは、広告代理店に入社してすぐに担当した仕事で、分からないなりに一生懸命に仕事の指示出しをしたら、「分かりづらい」ってめちゃめちゃ怒られて(笑)。こっちが仕事をお願いしているのに、何で怒られるのみたいな。でもそこから仲良くしてもらって、仕事はもちろん、いろいろな遊びも教えてもらいました。一緒に過ごす中で、すごい人だなと感じて、「こういう人と一緒に働いたら、もっと成長できるな」と思うようになったんです。まだ若かったし向上心というか、自分を変えたいっていう思いが強くて。それで、彼に一緒に働きたいという思いを伝えました。ちょうど彼が転職するタイミングで、転職先の会社に紹介してもらって、無事に入社して一緒に働くようになりました。

─会社を辞めてまでついて行くってすごいですね。

しかも、その1社だけじゃないんですよ。ようやく一緒になれたと思ったら、後藤が半年くらいで辞めちゃって。違う会社に行くっていうから、また自分もついて行ったんです。

どんだけ好きなんだって感じですよね(笑)。

─個人で音楽の仕事を始めたのはその後ですか。

そうです。東日本大震災がきっかけで、やりたいことをやろうと思って。

─震災の時に何があったのですか。

大学時代の友達が東京で野菜を販売する会社に勤めていて、震災後すぐに避難所に野菜を届けに行くということで運搬の手伝いをしたんです。避難所にある食料は、カップラーメンやレトルトごはんのようなものばかりで、「野菜を持ってきました」と届けると、もう箱を開けた瞬間めちゃめちゃ嬉しそうで。その時に、自分にも人を喜ばせること、喜ばせる手伝いができるんだって、なんか漠然と思ったんですよね。なんででしょうね。震災後すぐという追い込まれている状況もあったのかもしれないです。それがきっかけで、自分が好きな音楽を通して、人を喜ばせたいと思い立ちました。

最初は、会社に勤めながら土日にちょっとしたチャリティーイベントを企画して、募金が集まったら無料の音楽ライブを被災地で開こうと思ってやっていました。でも小さい規模では集まる募金も少なくて、結局は、5回やって集まった募金を別の募金箱に入れるという最終手段をとりました(笑)。

5回とも仙台で開催したのですか。

4回は仙台で、最後の1回は東京の渋谷で開催しました。被災地の仙台ではなくて、東京の人に募金してもらおうと思って。そのイベントに「奇妙礼太郎トラベルスイング楽団」というバンドに出演してもらったんですけど、ボーカルの奇妙礼太郎さんが自由奔放に楽しそうに最高の唄声で唄うライブを見て、「うわ!こんなすごい人いるんだ」と思って。信じられないほど楽しかったんですよ。楽しくて、幸せで、こんな人のライブを仙台で企画したいって思ったんですよね。

─それで独立を?

はい。自分が良いと思うアーティストのライブを企画したいと思い、それを単発ではなく定期的に届けていくために、働きながらでは難しいと思い会社を辞めることにしました。辞めてから半年くらいは、東京の音楽イベントをやっている会社でお世話になって、その後、1人でSAIKOROを始めました。

─奇妙さんのライブはそれほど魅力的だったのですね。

はい。ライブはもちろんたくさん見たことがあったのですが、あの時に感じたライブの凄みは圧倒的でした。生で体感したからこその楽しさや感動がそこには間違いなくあったと思います。すごくインパクトのある出来事でした。

─これまでいろいろイベントをされてきて、他に印象的だったものはありますか。

仙台市天文台を会場に企画した「Star Ballad~星降る夜の音語~」というライブですね。このイベントも、元々は奇妙さんの一言がきっかけで企画したんですよ。奇妙礼太郎さんの人気がだんだん出てきて、それまでの会場では狭くて立ち見も出るようになってきたんです。そんな時に、奇妙さんが「座ってゆっくり聞いてもらいたいな」って言ったのを聞いて、そういう場所がないか探したんです。それで、場所を探していたら、仙台市天文台のプラネタリウムが280席ぐらいあると。ちょっとチャレンジでしたけど、やってみようかなと思って企画しました。

 

2014 StarBallad~星降る夜の音語~告知映像/奇妙礼太郎ver.

 

 

─どんなところがチャレンジでしたか。

プラネタリウムって世界観があるじゃないですか。奇妙礼太郎さんや出演頂くアーティストには皆さんアーティストとしての世界観があるので、世界観と世界観をぶつけるって、もしかしたらそぐわない可能性もありますよね。曲やライブの世界観とプラネタリウムの世界観が合わなかったなんてことにならないか心配していましたね。後は、プラネタリウムという特別な環境で開催し、普段より高いチケット料金を頂いているので、ご来場頂くお客様に「プラネタリウムの星空の下で、ただ、ライブしただけだね」なんて言われないようにということをとにかく考えました。演出も含め、企画する側として、アーティストがプラネタリウムという中でどのように最大限魅力的に見せられるか、お客さんに圧倒的な感動を与えられるかなど、すべての事がチャレンジでした。イベントを告知するデザイン、映像からはじまり、当日の音響や照明、こだわりたいところばかりで色々大変でした(笑)。

─すごいこだわり様ですね。

特別な1日を演出したかったので、告知やチケットを受け取った段階からわくわくしてもらえるよう限られた予算の中でできる限りこだわりました。デザイナーのこだわりで、チケットの席番は印刷より、手押しのほうが記念になるという話になって、夜中に300枚ぐらい判子で手押ししました(笑)。

手前味噌ですが、毎回、ご来場頂いたお客様から称賛の声を頂くことができ、もちろんアーティストの素晴らしいライブがあってこそですが、こだわりを持って一緒にライブを作ってくれているメンバーのおかげだと本当に強く思っています。

アーティスト同様、それぞれが担当する役割の中で、お客様に喜んでもらえるようプロフェッショナルを発揮してくれてるんですよ。今まで過去3回開催しているんですが、手伝ってもらっているメンバーは毎回一緒で、このイベントに関しては、同じメンバーでなければやらないつもりなんです。音響は、GROOVE COUNCILの佐藤ヒロユキさん、デザインはREDSUNの三浦正昭さん、映像は映像ディレクターの高平大輔さん、演出・照明は、現在comme-ntで一緒に働いている佐藤浩幸さん、そして、毎回オープニング・エンディングでピアノを弾いてもらっている次松大助さんという、私以外は、超豪華メンバーでこの企画を実施しています。豪華メンバーではあるのですが、予算的に厳しい部分もあり、毎回、無理言ってお願いしています。お願いするのが、私の一番の仕事かもしれないですね…。ちなみに、照明は手づくりしてもらいました(笑)少しでも灯りが漏れると星が見えづらくなってしまうので、試行錯誤しながら本番までになんとか間に合わせてくれて。こだわりの裏側にはメンバーそれぞれの努力あってこそなんですよ…。

 

 

2015StarBallad~星降る夜の音語~告知映像/次松大助「星に願いを」

―お金が無い中でも妥協せずに作りあげるってすごいですね。

メンバーの中には、無償で手伝ってくださった方もいて本当に感謝しています。

いろんな人たちに手伝ってもらって、それがばちっとハマって、お客さんがすごく喜んでくれて。お金はそんなに払えなかったですけど、みんなですごく良い仕事をしたという達成感がありましたね。達成感が溢れ、打ち上げでした高平さんとのキスの味は忘れられません(笑)。アーティストを呼ぶ側として、本当に細部までこだわって企画したので、印象深いイベントですね。

2014 StarBallad~星降る夜の音語~告知映像/蔡忠浩(bonobos) ver.
https://youtu.be/ZZEV2KmTTnk

2015StarBallad~星降る夜の音語~LIVE映像/蔡忠浩(bonobos)×ザ・なつやすみバンド「マエストロ」
https://vimeo.com/159878619

2017StarBallad~星降る夜の音語~告知映像/KUDANZ「光の渦の中で」
https://youtu.be/CO9BbOw0VC0

取材日:平成30620
取材場所提供:SENDAI KOFFEE CO.
聞き手:仙台市地域産業支援課、岡沼 美樹恵
構成:岡沼 美樹恵

 

前編 > 中編 > 後編

菊池 恭平

仙台市出身、仙台市在住。
震災までは、広告関連の平凡なサラリーマン。震災後に、音楽を仕事へ、5年前にSAIKOROを立ち上げる。
3年前から株式会社comme-ntにSAIKOROごと合流し、現在に至る。現在は、プロデューサーとして広告関連の仕事に携わりながら、SAIKOROとして音楽イベントの企画・制作を行う。
よく目が笑っていないと言われますが、笑ってますし、基本、温厚です。お間違いなく。

SAIKORO WEB : http://saikoro7.com/
comme-nt WEB : http://www.comme-nt.co.jp

SEARCH

SITEMAP