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クリエイターインタビュー前編|佐立 るり子(美術家)

生きている中でおぼえる感覚を表現したい。

人間が生きる中でとらえるさまざまな瞬間を、絵画や造形で表現する美術家・佐立るり子さん。抽象的でありつつもテクスチャーが感じられる作品は、観る者の記憶に沈む既知の感覚を呼び起こす。そんな作品はどのように生み出されるのか? 佐立さんの表現に対する考え方や、制作過程についてお話を伺った。

 

―まず、現在の活動について教えてください。

美術家として作品制作や展示を行いながら、子どもを対象とした畑と造形の場「アトリエサタチ」を運営しています。活動自体は15年目くらい、アトリエはもうすぐ5年目になります。

―美術家になられるまでの経緯をお聞かせいただけますか?

表現をしたいと思って始めたという、すごくシンプルな経緯です(笑)。私の出身校は宮城県農業短期大学(現・宮城大学食産業学部)畜産科なのですが、農業をやっていると、光や風、命や時間など、体験でしかわからないことを実感するんですよね。そういう、生きている中でおぼえる感覚を表現したいという気持ちが、だんだんと芽生えていったんです。でも、それを言葉で一生懸命に伝えようとしても、なかなか難しくて。高校のときに絵を描いていたこともあり、何か表せないかなと筆を手に取りました。

―農業を学ばれて、美術の道に進まれたというのが新鮮です。

動物が好きで、畜産業に就きたいと漠然と思っていたんです。卒業後も一度は牧場の養鶏部門に就職したのですが、会社として農業を運営していく厳しさを痛感し、挫折してしまって(笑)。でも、農業が社会にどのようにつながっているかということや、生きものを食べるということをリアルに感じられた経験でしたね。絵を始めたのはそのあとです。高校の先生が画家だったので、描き方を教えてもらったり、人や風景を描きたいときはデッサン会に参加したり。展覧会を観に行くときも、作家がどういう必要性のもとに、どんな手段をとっているのかを注視していましたね。どうすれば自分の求めるものが表現できるか、方法を模索しながら取り組んで今に至ります。

―仙台を活動の拠点に選ばれた理由を教えてください。

絵を描き始めたときは地元の石巻でアルバイト生活をしていたのですが、仙台のほうが融通の利く仕事が多く、次第に通う頻度が増えていったというのはあります。あとは、仙台の人と結婚したので、必然的にそうなったというか。実はあんまり理由らしいものがあるわけではないんです(笑)。でも、東日本大震災があって、地元に対する気持ちはちょっと変わったかもしれません。以前、沖縄料理の居酒屋で働いていたことがあって、そこの店主の方が波照間島出身だったのですが、なぜ自分を“沖縄人”というのかすごく不思議だったんですね。でも、今は私も、自分を“石巻人”だとはっきり実感するようになりました。土地が受けた負荷とそれによる変化を知っていると、思い入れが強くなるんでしょうね。それ自体が、その地に生きているということなんだと思います。

―美術に取り組む環境として、仙台はどんなところですか?

表現に限らず幅広い分野の方がいらっしゃって、ギャラリーや施設も間口が広いですよね。いろんな方々とお話を聞いたり接したりできる機会があるのはすごくいいなと思いますし、おもしろくて好きです。あと、私はアーティストが運営する錦町の展示スペース、仙台アーティストランプレイス(以下、SARP)のメンバーなのですが、場を通じて多様なつながりができたなと感じています。

―手がけられた作品についてもご紹介いただければと思います。

2019年に制作した「思考の森」というシリーズの一部に、〈森のはじまり〉〈極相林〉というリバーシブルの作品があります。極相林というのは、森の最後のかたちですね。何もない土から一年草が生えて、多年草が生えてと移り変わり、最後に土地の気候に一番合った木の種類で森林が構成され、それ以上変化しない状態のことを指します。だいたい200300年かけて形成されるのですが、人間は生きる環境をつくるために、草を刈ったりコンクリートを敷いたりして、その生育を止めているんですよね。そういった、森ができる長い過程と、人間の社会を照らし合わせて考えながら、この作品をつくりました。制作中は、SARP向かいのKKRホテル跡地で、草が生えて、刈り取られてというのが繰り返されている様子もよく見ていましたね。

左:思考の森-6〈森のはじまり〉(2019) 右:思考の森-7〈極相林〉(2019)【画像提供:佐立るり子 】

―森林に着目されたのは、どういうきっかけからだったのでしょう?

アトリエで子どもたちと木工作業をしているときに、木のことを全然知らないなとふと思って。前にリアス・アーク美術館の企画展「N.E.blood 21」(*1)に参加した際に、たまたま別の展示のスタッフとして来られていた方が、福島県奥会津の木こりの新人さんだったんですよ。それで、縁があって2018年から、511月の間の毎月一回、チェーンソーの研ぎ方や木の切り方を学ぶ山学校に通っているんですね。そこの親方が本当にすごい方で。最初に伺ったときに言われたのは、「事故をゼロにはできない」。それから、「200年先のことを考えろ」。想定が成り立たない、生きるか死ぬかの世界を感じましたし、木の時間でものごとを考える姿がすごく印象的でしたね。親方の言葉に、生きる上ですごく大切なことが表れているような気がして、自分でも森について本などで調べながら、それをちゃんと作品にしたいと思いました。

*1 N.E.blood 21…2002年からリアス・アーク美術館が実施している展覧会シリーズ。精力的に作品制作・発表を行う東北・北海道在住の若手作家を紹介することを目的とする。佐立さんは2018210日〜318日に開催されたvol.64に参加。

―親方の言葉とリサーチをリンクさせ、深めて考えていく過程そのものを、作品として抽出していかれたのですね。

そうですね。木に登るときって、くさびのようなものを掛けて身ひとつで上がっていくんです。もちろん、初心者は縄でしっかりと固定してもらうのですが、それでも「本当に死ぬかも」と思う。頭のてっぺんから汗が吹き出るような体験はなかなか日常ではできないですよね。親方がその感覚の中で生きているということが不思議で、それを知りたくて通っているところはあります。

―作品を拝見して、外界と自分との境というか、何かを感じ取っている状態を表現されているように感じました。

とらえたものを抽象化したいのかもしれません。最近、哲学を専攻された方とお話しする機会があって、会話では内容の抽象化が起こっていると聞いたんですね。たとえば、子どものいるお母さん同士が話していて、ひとりが悩んでいるとき、別のお母さんが「うちの子の場合は」と前置きするのは、考えを共有するために内容を抽象化しているそうなんです。実体験について話しているんだけれど、相手に伝えるために、一度自分を切り離すということですね。そして、受け取る側も「うちの子だったらこうかな」と自分に落とし込んで考えてみる。作品をつくることと観ることも、それと似ているんじゃないかなと。作家がとらえたものが抽象化されて表れることよって、他者が自分の中に「この感覚だな」というものを見出せる。どちらも、答えを受け渡そうとしているのではなく、人の営みを解明しようとして行われるやりとりなんだと思います。

取材日:令和元年11月20日
取材・構成:鈴木 瑠理子
撮影:小泉 俊幸

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佐立るり子

1973年宮城県石巻市生まれ、仙台市在住。宮城県農業短期大学畜産科卒業。美術家として作品制作や展示を行いながら、子どものための畑と造形の場「アトリエサタチ」を主宰する。近年のおもな個展に「思考の森」(SARP2019年)、「デジタルと感覚」(Gallery TURNAROUND2019年)などがある。

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