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クリエイターインタビュー|佐藤 早紀さん(前編)

仙台在住のグラフィックデザイナー佐藤早紀(さとう さき)さん。フリーランスでの活動に加え、2015年に仙台の魅力を発信するために「ハイカラ.H」を設立し、ウェブマガジンやイベントの運営に携わってきました。2017年には「ハイカラ.H」を「株式会社オープンタウン」として法人化し、さらに活躍の場を広げる佐藤さんにお話を伺いました。

これまでのキャリアについて、教えてください。

高校卒業後、看護師になりたくて看護の専門学校に行ったんですけど、いざ入ってみたら想像していたこととのギャップが大きかったんです。そこで、もともとオシャレが好きだったということもあって、デザインの仕事ができたらなと思って、武蔵野美術大学の通信課程に入り直し、トッパンエディトリアルコミュニケーションズ株式会社で2年間デザインの制作の仕事をしてから独立しました。

2年でフリーになることに不安はなかったですか。

もちろん、ありました。でも、私は安定を取って固定給の社員になるよりも、歩合給で仕事をして、最初から最後まで自分でやってみたかったので、フリーを選びました。会社の中の制作としての立場だと、どうしても自分とクライアントとの間に営業担当が入るので、「カワイイ」のニュアンスひとつをとっても、クライアント・営業・私の間で行き違いが起きてしまうことが結構多かったんです。

フリーになって一発目の仕事とその感想を。

美容室のロゴです。クライアントと直接やり取りする中で、自分で値段を決めてお金をもらうのってもちろん難しいと思いました。でも、お仕事をいただいて、つくったものを喜んでもらえるのはやっぱり嬉しかったですね。その嬉しさは今も変わりません。

デザイナーになろうと思ったきっかけをもう少し詳しく教えてください。

私にとって、「今好きなもの」に近くいられる職業がデザイナーなんです。私は飽き性なんですけど、初めて飽きない仕事に出会えた気がします。服に飽きたら、今度は美容にかかわればいいので。

デザイナーになったきっかけを振り返る佐藤さん

フリーランスの仕事は、どのように進めていますか?

自分から営業に行きますね。美容師さんや美容関係の人に「ポートフォリオを送るので気になったら連絡ください」と電話するところから始めました。私、むしろ営業の方が向いているんじゃないかっていうぐらいで(笑)。

デザイナーとして、東京で働きたいとは思いませんでしたか。

今でも東京で働きたいとは思うんですけど、私、優先順位として家族が一位なんです。親に何かあった時に会えなかったら絶対に後悔するので、すぐに帰れる距離にいたくて。東京から新幹線2時間とかでも怖いんです。

今はネットもありますし、地方のデザイナーの方が単価も安いので、東京の人たちが目をつけてくれるような腕があれば、仙台にいながら東京の仕事を取ることもできるんですよね。

実際に仙台以外のお仕事も多いのですか。

中国地方とか九州のフリーペーパーやウェブサイトを請け負っています。

仙台とあまり接点のない地方ですよね。どうやってそのお仕事を取ったんですか。

デザインの外注を仲介している会社にポートフォリオを送って応募して、登録してもらっているんです。お仕事は毎月定期的に入ってきます。

そこに登録する前までは、アパレルとかカフェとか、自分の好きなテイストのデザインの仕事しか取っていなかったんですけど、いろんなデザインの仕事をやっておいた方がいいなと思い始めて。

お忙しそうですが、ワークライフバランスは取れていますか。

夜遅くまでかかる仕事がある時は大変ですね。相手の営業さんもすごく遅くまで仕事していて、発注が夜中の0時、そのあと3時、4時まで連絡が来たりします。そこから死にそうになりながら作業してお昼の12時半に寝る、みたいな時もあって。さすがにそういう時はストレスを感じますけど、フリーで仕事をやっているとあまり他の人と話す機会がないので、「一緒に仕事している」感じがするのも悪くないなと思います。

ハイカラ.H(※1)とオープンタウン(※2)の名前の由来を教えてください。

ハイカラ.Hは私が決めました。ハイカラはハイカラー、明るいトーンの色っていう意味と、「ハイカラさん」っていう言葉に仙台っぽさを感じて。小林(※3)は「ダサいダサい」って言っていたんですけど(笑)。

オープンタウンは無法地帯っていう意味で、コンセプトは「村」。小林がずっと「村」をつくりたいって言っていたんですよね。同じビルの中で、フリーの美容師さんが髪を切ったりできるようなスペース貸しをして、撮影もできて、服も買えて、ご飯も食べられる。そんな場所にすれば、何でもそろうひとつの「村」になるっていう発想ですね。あとは、私たちは基本的にビジネス感を出せないので、無法地帯ってなんでもアリでゆるい感じがして、ちょうどいい気がします。

 

※1 2015年設立。美容・ファッションといったジャンルを中心とし、同名のウェブマガジンによる情報発信をはじめ、デザイン制作、イベント運営を請け負う

※2 団体としてのハイカラ.Hを2017年に株式会社化。これまでの活動に加え、青葉区本町のビルにて服屋、コワーキングスペース、撮影スタジオ、イベントスペースを運営する

※3 小林啓樹さん。ウェブデザインをはじめ、写真や動画の撮影・編集を行う。(株)オープンタウン代表取締役

ハイカラ.Hは最初からお2人で活動していたんですか。

最初は私一人でやっていたんです。でも、私が撮影していたサイト用のスナップの写真のクオリティが全然ダメで。そんな時にちょうど、東京でスナップ活動やっていたっていう人が同じ会社にいて。それが小林だったので、声をかけて、二人体制になりました。

仕事の分担はどのようにしていますか。

グラフィックデザイン系は全部私で、ウェブサイトと写真や動画を小林がやっています。小林はフォーラス壁面のビジョンに流す映像とか、パルコのスタッフさんの撮影とかをやっていますね。イベント企画は一緒にやっています。

会社の経営や経理は二人でやっているのですか。

経理は全部私で、経営面は二人で相談します。給料は歩合給ではなくて、全部二人で半々にしています。体調崩したりして働けなくなった時に、一緒にしていた方が助け合えるのかなって思ったんです。あらかたのノルマはありますけど、給料が少なくなってきたら働こうっていう暗黙の了解で動いている感じです。

ビジネスというより、二人がやりたいことをやるという感じでしょうか。

そうですね。お互いに社会になじめなかったタイプなので、こうしてご飯を食べていけているからいいんだと思っています(笑)。今では株式会社になってはいますけど、できれば個人のままにしておきたかったぐらいなんです。でも、他の企業さんとのやり取りの中、団体としての信用も考えて法人にしました。

取材日:平成29年5月9日
聞き手:SC3事務局(仙台市産業振興課)、岡沼 美樹恵
構成:岡沼 美樹恵

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佐藤 早紀

仙台在住、グラフィックデザイナー。宮城県出身。武蔵野美術大学(通信)中退、トッパンエディトリアルコミ ュニケーションズ株式会社にて2年勤務。その後、フリーランスとして活動。
名刺・ショップカード・ポスタ ー・ロゴ等、グラフィックに関するデザイン物を製作。また、演出としてヘアショーの運営も手掛ける。
2015年3月、ハイカラ.H設立後、フリーの活動も続けつつ、「東北を少しでも楽しい街へ」とWEBマガジン・イベント等を運営。
2017年4月、株式会社OPEN TOWN設立。
Instagram @saki_design. https://www.instagram.com/saki_design/
Web. http://highcolorh.com

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