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AZOTH(前編) 小さなガレージの中、「Tシャツくん」1台で

仙台と東京を拠点に、Tシャツの企画からデザイン、製造まで一貫して手掛け、国内の有名アパレルブランドで数多くの実績を重ねるAZOTH(アゾット)。小さなガレージの中、たった1台の簡易的なシルクスクリーンプリント機材でスタートしたインディペンデントファクトリーは、わずか10余年で仙台を代表する「杜(もり)の都のデザインファクトリー」へと成長を遂げる。黎明(れいめい)期から現場に携わってきた2人を東京・代官山のオフィスに訪ねた。

小さなガレージの中、「Tシャツくん」1台で

―まずはアゾットの沿革から教えてください。

小野崎稔巳(以下、小野崎) もともと2002年ごろに社長(アゾット社長の相澤謙一さん)が仲間数人と家具の代理店を高森(泉区)で始め、そこにTシャツ製造の依頼が舞い込んできました。当時私はほかのデザイン事務所にいて紙媒体のデザインを手掛けていたんですが、遊びで服やTシャツを作っていたのを社長が知っていて「手伝ってくれないか」と声を掛けられ、アルバイトのような感じで引き受けたのが最初です。

当時は仙台の小売店さんもみんな元気がよくて、それ以降も次から次へと社長がTシャツの仕事を取ってきて、本格的に一緒にやろうということになったのがアゾットの前身になりますね。ファッション業界的にもいい時期で、私一人で何千枚と刷らなきゃならない状況になって、「これはちょっとやばいかも」と。それで、東北工業大に在学中お世話になっていた荒井俊也先生(クリエイティブデザイン学科教授)に「面白い子いませんか」と聞いたら浅野君を紹介されました。

アゾットセブンアップス代表取締役・サーフェイスデザイナーの小野崎稔巳さん(左)、アゾットブランチ代表取締役の浅野美智男さん

浅野美智男(以下、浅野) 私は卒業したら親戚が住んでいたアメリカに行こうかなと思っていたんですが…。

 

小野崎 それを阻止して引きずり込んだんです(笑) アルバイトも入れて4人くらいで、自宅のガレージで「Tシャツくん」という「プリントゴッコ」のTシャツ版みたいなシルクスクリーンの機械で刷っていました。ちょうどヒステリックグラマーの「NIRVANA(ニルヴァーナ)」のようなダメージジーンズがはやっていて、そういうリメークものも何百本もやっていました。

年末だったと思いますが、ラジオを聴きながら仕事をしていたら、たまたま「Tシャツくん」プレゼントがあって、「応募したら当たるんじゃない?」なんて応募してみたら本当に当たって。「Tシャツくん」が2台になって生産性が上がりました。

 

浅野 そうだ! だから2個あったんでしたね(笑)

―そのプレゼントもすごいですね…当たるべくして当たった感じがします。

小野崎 「もっとやれ」と言われているんじゃないかと思いました。それでとにかく仕事をしていたんですが、私は紙のデザインしか学んでいなかったので、工業製品としてアパレル商品にプリントすることへの理解が足りないままやっていた自覚がありました。

そんなとき、仕事をたくさん振ってもらっていた社長さん(クライアント)が工場を見に来られることになったんです。まさか自分のところの商品が小さなガレージで「Tシャツくん」で刷られているなんて思わないですよね。入ってきて、「え、Tシャツくんでプリントしてるの…?」「あっ、はい…」みたいな。「どうりでプリント落ちるわけだよ!」と言われちゃって。

現在の工場に並ぶインク。当時は調色作業も試行錯誤の繰り返しだったという

小野崎 いま思うと部活みたいなノリでした。その社長さんに都内の展示会に連れてきてもらって、プリント工場を見学して、どんな機械を使ってどうやって作っているのか初めて知りました。さらにその社長さんが設備を導入する資金と、それを返済するための仕事をくださって、これはちゃんと会社にしないといけないなということで、それがアゾットの本当のスタートになると思います。2004年のことですね。

―どちらに工場があったんですか。

小野崎 そのときはまだ高森の狭いところで、アメリカンラバープリントの4面の製品台と乾燥機を入れているので、夏になると50度ぐらいのサウナ状態で、外で水を浴びながら作業していました。環境的にもキャパシティー的にも厳しいので、2年後には卸町の倉庫に引っ越しました。移ってからは、さらに仕事の量も増えてスタッフも増えていきました。

―順調に成長されたんですね。

小野崎 ただ、そのときは1社から全体の8割ぐらい仕事を受けており、経営的にはよくないだろうということで、ほかにも仕事を取りにいこう、仕事を作っていこうという話になりました。私も浅野君もデザイン系の学科出身でグラフィックができるわけですから、自分たちでデザインした製品を売って出ようと東京の展示会に出展したところ、東京のお客さんがぐっと増えました。

―それは自社ブランドで。

小野崎 最初は自社ブランドとして見せましたが、私たちは洋服屋さんではないので、ODM(Original Design Manufacturing)で企画から製造まで行いますよということで売り込んでいきました。

 

浅野 当時、企画もできる製造元があまりなかったときに、小野崎さんが中心となってメーカーに企画を提案していったんです。

 

小野崎 ファッションのグラフィックは独特なんですよね。代理店や一般的なデザイン事務所でもデザイン性が高いところはたくさんありますが、そのブランドのノリやセンスを分かっていないと、そこに乗せたときにかっこよく仕上がらないんです。いくら絵やグラフィックを上手に描けても、洋服の形や素材をデザインできても、その世界観をビジュアルで表現することは難しい。だから隙間というわけではないんでしょうけど、ファッションに特化したグラフィックを手掛けているところは都内でもうちを含めて3〜4社程度です。

ブランドの世界観を踏まえたグラフィックを提案し、活路を見いだした

―それができたのはなぜですか。

小野崎 勉強して、実際に触れて、どういうものがいいだろうかと考え続けたのもありますし、もともとファッションが好きだったのも大きいと思います。クライアントさんと「ああいう感じのものが欲しいですね」という話をするときに、話が通じやすいんですね。

―共通言語が使える感じでしょうか。

小野崎 そうです、そうです。同じ言語で話せないと、なかなか話をすり合わせられなくて、最終的に任せてもらうまでは至らない。「こういうものを作りましょう」と話をするときに、同じイメージを共有できる言葉を持っていると、「じゃあそれでお願いします」「こういう感じですよね」とトントン拍子に進んでいきます。

製造現場での経験と提案力を武器に都内のメーカーを開拓した小野崎さん

浅野 普通はデザイナーさんが商談しても作り方までは分からないと思いますが、うちはデザインと製造を一緒にやっている会社なので、形にするまでの具体的な話ができるのも強みです。それもあって順調に仕事が増えていきました。

 

取材・構成:菊地 正宏
撮影:松橋 隆樹

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