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フロット(前編) 印刷業の苦境による独立、そして示した真価

斜陽が叫ばれる印刷業界においてデザインや映像、ウェブ制作などソフト部門に活路を見いだそうとする動きは多い。ところが仙台と山形に拠点を置くデザイン会社、株式会社フロットは印刷会社の中で不採算部門として独立を迫られることになる。しかし、企画提案力を磨き徹底した効率化を図ることで、下請けをこなす一部門から脱却を果たし、その価値を示してみせた。独立からの苦闘を五十嵐久仁子クリエイティブディレクターに振り返ってもらう。

印刷業の苦境による独立、そして示した真価

―山形市の印刷会社「田宮印刷」のデザイン部門の子会社として立ち上がってから、現在までの経緯を教えていただけますか。

五十嵐久仁子(以下、五十嵐) 田宮印刷は1907(明治40)年に田宮五郎が創業して110年がたちました。創業の地、谷地(河北町)はいまもスリッパの製造が産業として非常に盛んですが、田宮五郎も初めは草履作りを行っていて、それを地場産業として発展させました。その後、さらに地域に役立とうと始めたのが印刷事業です。同族経営ではなく、代々社員が社長を継ぎ、理念を基に現在まで持続してきました。これは珍しいかもしれないですね。

そうして続いてきましたが、2000年代前半から苦しい時期を迎えます。デジタル化が進みリーマンショックで販促費が削られ、インターネットが普及して紙離れも進んで、売り上げはピーク時の半分に落ち込みました。それでも人員は削らないという当時の社長の判断があって、まずボーナスを減らしていって、次に調整給を取り入れ、みんなで我慢して乗り切ろうとしたんですが、160人程度いた社員のうち20人ほどは辞めていきました。それは悲しいことでしたが、当時一緒に頑張ってくれた人たちがいま残って会社を支えてくれています。

山形市立谷川にある田宮印刷本社工場の外観

―印刷会社にとっては厳しい時代ですね。

五十嵐 田宮印刷の場合は、タイミングの悪いことに東北一を目指して大きな工場を新しく建てたばかりで、それが経営を圧迫したという背景もありました。それでも何とか存続しなければなりませんので、不採算部門はどこだとなり、デザイン制作部門は本当に稼げているのかという議論が起きました。

田宮印刷は流通系チラシなど販促関係が強く、オフセット輪転機を何台も持っていて、それがずっと回っていたんですが、新聞購読者が減って部数も減って売り上げが落ちていくと、比率的にソフトを作る部門が重たい感じになるんですよね。労力がかかって、難しいややこしい仕事だという認識もあったと思います。

一方で、ソフト部門は印刷機に頼らないで稼いでいける会社になれるのではないかと、現在の社長(菅野隆社長)がそういう期待も込めて、別会社にすることを決めました。印刷会社の中にとどめておくと、かえって成長の足を引っ張るんじゃないかと思ったのかもしれません。

一種の賭けですよね。私たちも果たしてやれるかどうか分からないまま、自力でやってみようという状況で始まりました。それが2010年で、山形と仙台にちらばっていたデザイナーたちをまとめてフロットとして分社化し、私が統括して見ることになりました。

フロット独立時を振り返る五十嵐久仁子取締役クリエイティブディレクター

―その決断によって田宮印刷は経営的に改善されたんでしょうか。

五十嵐 当時30人いたデザイン制作部門の人件費がなくなったので、まず収益面が良くなりました。また、制作から丸ごと受けるという仕事ではなく、いわゆる下請けですが、大手のチラシなどの印刷を県外から積極的に集めてきて、工場を回すことに徹することができるようになったんです。

―独立したフロットはどのようなことをしていったんでしょう。

五十嵐 独立した私たちは、これまでのようにチラシ制作に頼る部隊ではない方向へ向かわなければいけないと考えました。仙台はマーケットが大きいので、印刷営業が広告代理店をあちこち回って下請けの仕事を取ってくるというのがほとんどでした。この構図では価格決定権も持てず、いつまでも下請け体質が抜けません。そこで、デザイナーでも企画書を書けるようになって、直接お客さまに提案できるコミュニケーション力を持とうと決意しました。

最初に、宣伝会議が開いているマーケティング講座に通いました。資金繰りも苦しい状況で、全25回の行き帰りの交通費もばかにはなりませんでしたが、それでも教育にお金をかけることは必要だと考えました。私一人で講座を受けて、覚えたことをできるだけ早くフィードバックしようと帰りの新幹線で資料をまとめ、翌週にはみんなを集めて社内セミナーを開きました。企画とは何ぞや、というのを理解することでデザインの質が変わり、提案力も上がっていく。そうやってちょっとずつ体質改善をしていきました。

そうして付加価値を高めていく一方で、効率化にも取り組みました。ここが一番苦労したところですが、いまでは当たり前の「時間単価」という考え方を取り入れ、自分のしている仕事が1時間でいくらになるという感覚を持てるようにしました。初めの頃は1時間2千数百円とだいぶ低かったんですが、いまは3,500円くらいまで上がってきています。

当時、社内セミナー用に作った資料の一部

―具体的にはどう改善していくんでしょう。

五十嵐 案件ごとに、打ち合わせで何時間、制作で何時間、校正で何時間かかったというのを全部記録しているので、レギュラーの仕事ではその時間を短縮することに取り組みます。打ち合わせの時間が削れるかなとか、校正を1回減らせないかとか、それぞれ無駄や改善できるところを見つけて効率を上げていきます。

結局のところ、付加価値を付けてもっとお金を頂くか、決まった時間の中でもっとたくさんの仕事をやるかの2つしかありませんし、実際にはその両方をやらないといけないですよね。ただ企画提案の方は力を付けていく最中で、どうしても時間がかかりますので、まずはレギュラーでやっているチラシなどに関しては時間単価を上げていこうと。全社の目標、課の目標、その中でさらに個人目標を設定して管理しています。

やってみて、これまでいかに自由にやっていたのかが分かりました。田宮印刷の中のデザイン部門だった頃に、「あそこは稼いでいるんだか何をしているんだか分からない」と思われていたのも理解できます。会議に出ても数字の話が把握できておらず、デザイナーが経営のテーブルにつけない理由を痛感していたので、自分たちがやっていることを数値化していくことと、そして企画を学ぶことで、自分たちの価値をはっきりさせようと思いました。

時間単価と付加価値を同時に上げていくことに取り組むスタッフたち

取材・構成:菊地 正宏
撮影:松橋 隆樹

 

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株式会社フロット

■山形 〒990-2251 山形県山形市立谷川3-1410-1

■仙台 〒983-0803 宮城県仙台市宮城野区小田原1丁目7-

ブランディングおよびセールスプロモーションの、企画・デザイン、取材、撮影、動画編集など。

社員34名(2019年現在)で、中小企業のブランディングのほか、大学や病院の広報、食品メーカー・食品スーパーの販促実績多数。

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