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オイカワデニム(中編) 予期せぬ海外展開、震災、そして見えたすべきこと

国内での販売ルートを見いだせずにいた及川氏に届いた1通のメール。それは、世界有数のファッション展への誘いだった。日本人の手によるメード・イン・ジャパン製品の価値を知る目利きを通してヨーロッパに販路が広がる中、及川社長はどこか違和感を覚えていた。そんな時、東日本大震災が発生。いち早く稼働を再開した工場で、地元の雇用創出と地域の廃材活用という2つの使命を担った雑貨ブランド「SHIRO」が産声を上げ、オイカワデニムに新たな展開をもたらす。

予期せぬ海外展開、震災、そして見えたすべきこと

−突然のオファーですね。

及川 「来てください」じゃないのか…ずいぶん横柄だなと思いながら(笑)、でも日本にいても販路を見いだせないので、とにかく行ってみようと決めました。それが伊フィレンツェの「ピッティ・ウォモ」(年2回行われる世界有数のメンズファッションの展示会)で、彼は当時「ピンク ミラノ」というショールームのバイヤーで、日本にたまたま買い付けに来ていたんです。「ブースは用意したからあとは頑張れ」と。そして、「何があっても出続けろ」というのが条件でした。

−それはなぜなんでしょう。

及川 穴を開けると入れなくなるということもありますし、顔を覚えてもらうためにも必要なことだったんです。ピッティ・ウォモには世界中から1日10万人ものバイヤーが訪れますが、日本のようにまずは手当たり次第名刺交換という習慣がありません。顔が名刺で、出続けることによって覚えてもらえる感じで、取引が決まって握手をした後に、初めて名刺を交わすこともありました。彼の言葉を守って出続けているうちに、ヨーロッパの五十数店舗で取り扱ってもらえるようになりました。

−すごい。何が評価されて広まったと思いますか。

及川 製品が丈夫なことも評価されましたが、一番は日本人が作っているということです。「メード・イン・ジャパン」と書かれているのを見た人に「誰が作っているんだ」と聞かれて、地元の日本人が作っていると答えると、それで話が進む。僕たちが思っている以上に、日本人が作るメード・イン・ジャパンの製品には、絶対的な価値があるんです。

ただ、向こうは日本と商習慣が全く違いまして、基本的に全てオープンプライスで、仕入れた人間が売値を決めます。売る方も買う方も「個」がしっかりと立っていて、お客さんもこの人から買いたいとなれば、ほかのお店より少々高くても買うんです。それで現地での流通量は増えていったんですが、実感のないまま、地に足が着いていないような状態で広がっていきました。そんな時に東日本大震災が起きます。

−震災で工場の状況は。

及川 ここは高台ですので津波の被害はなく、幸い従業員も全員無事でしたが、会社がこの地域の避難所になり、電気がいつ来るかも分かりませんから、いったん国内外の取引を全てクローズしました。ありがたいことに皆さん、「戻ったらまた一緒にビジネスをしよう」と言ってくださいました。

がれきの中から見つかり、皮肉にもその丈夫さを証明した同社の製品は「奇跡のジーンズ」と称された

従業員や地域住民も避難生活を送る中、働いてお金を得て、それでものを買うという、当たり前の生活を取り戻すことを目指して、4月4日に工場を再稼働しました。気仙沼は基幹産業が水産業ですので、まちの経済はほぼ壊滅状態です。そんな中でいち早く再稼働できたわれわれがまちの復興に何かできることはないかと考えました。

工場のある高台からの眺め。震災後は避難所として地域住民を受け入れた

復興を目指すには、もちろん資金や機械や建物も必要ですけども、一番大事なことは、その土地に人がいることです。そこで、少しでも人がとどまれるようにしようと思い、ハローワークに求人を出しました。年齢性別問わず正社員採用で、未経験者もOK。勤めていた会社が復旧したり、行き先が決まったりしたらいつ辞めてもいい、という破格の条件でした。

当時、気仙沼だけで数万人が失業していて、ハローワークには失業手続きの長蛇の列ができていましたので、職員の方も本当に喜んでくれました。10人ならいいけど100人、あるいは1000人来たらどうしようなんて思いながら帰ってきたんですけども、結果的には1カ月たっても誰も来ませんでした。

−えっ? どうして…。

及川 職員の方も混乱していたので出し忘れているんじゃないかと思って、ハローワークにもう一度行ったんですが、1ページ目にしっかり大きく掲載されている。でも来ない。何でだろうと避難所にいた漁師さんに相談したら言われたのが、「じゃあさ、お前明日から漁師になれって言われたらできる?」。

−そうか…そうですよね。

及川 オイカワデニムは衣類を作る会社で、入社してやる仕事といったらミシンを使って服を作ること。実はハードルの高いことを要求してしまっていたんです。問題は条件面ではなかった。そこで、もっとハードルを下げて訓練期間をちゃんと用意すれば来てくれるんじゃないかと思い、その訓練のために、オリジナルの雑貨のブランド「SHIRO(シロ) 0819」(以下SHIRO)を作りました。

ミシンは車の運転に似ているところがありまして、最初は直線縫いから練習して、だんだんカーブも上手に縫えるようになっていきます。SHIROのバッグは展開すると全て直線だけで形成されているので、直線が縫えれば作れるんです。これならできるかもしれないということで、やっと少しずつ人が来てくれるようになりました。

展開図が直線だけで構成されているSHIROのバッグ。大漁旗をワンポイントにあしらう

−名称にはどういう思いが込められているんでしょうか。

及川 デニム生地は経年変化していきます。ですから、これにはまだ色が付いていません、これからお客さまが好きな色を付けてください、という意味が一つ。それから、まちが震災で真っさらになって、これからまたいろんなものができて、いろんな色が付いていくという意味も込めて、無色透明の「SHIRO」です。「0819」は生産を始めた2011年8月19日を表しています。

−さまざまな素材を組み合わせているのも特徴ですね。

及川 避難している水産関係の人たちと仲良くなっていく中で気仙沼の海の話をたくさん聞きまして、僕らが関わることで気仙沼の海に何かプラスアルファできないかと考えました。その中で有効活用できると思ったのが、廃材。弊社の工場でも裁断くずが出ますが、それをいかに減らすか研究し工夫してきました。それに対して水産の現場ではまだまだ有効活用されていない素材があったんです。

例えば気仙沼はサメの水揚げ量日本一で、フカヒレは国内シェアの8割を生産し、身ははんぺんやかまぼこの材料になり、骨はコンドロイチンを抽出して健康食品になります。でも、皮だけが産業廃棄物になっている。皮以外の取引額が十分に大きいので、皮はお金を払って捨ててもいいんじゃないかという意識だったんですね。

震災でいろいろなものがゼロになったことは、これまで地元で廃材になっていた部分を見直す機会でもあるのではないかと。それに自分たちが参加することによって廃材ではなく資源になるものがあるのではないかと思いました。そこでSHIROでは職業訓練のほかに、廃材利用にも取り組んでいます。

訓練として作業している方の腕がちょっとずつ上がっていくのに合わせて、地域にある廃材を使う比率を上げていきました。第1弾のバッグでは漁師さんから大漁旗を頂いてワンポイントであしらっています。そして第2弾がサメの皮と漁網。漁網もなかなか高価なものですが、やっぱり消耗品なんです。さらに、アワビの殻でボタンを作って取り付けています。

サメの皮と漁網、アワビの殻といった廃材を利用したSHIROのバッグ(左)

取材・構成:菊地 正宏
撮影:松橋 隆樹

 

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有限会社オイカワデニム

〒988-0325 宮城県気仙沼市本吉町蔵内83-1
TEL:0226-42-3911
mail:o-denim@world.ocn.ne.jp

デニム衣類の企画・製造・販売を手掛け、オリジナルブランド「STUDIO ZERO」「OIKAWA DENIM」「SHIRO 0819」を展開。「本物のデニムは永きにわたり着用し続けることによって初めて完成される」をモットーに、短いサイクルで変わってしまう流行を意識したデニム作りではなく、長いスパンで着用できることを考慮し、クオリティーにおいても妥協せずデニム作りに取り組む。アーティストやスポーツ選手など、著名人にも製品のファンは多い。

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