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コンソーシアムで行ったイベントの報告や会員の紹介、プロデューサーや事務局職員の日々の活動などを掲載しているブログです。

レポート:クリエイティブな力が街を牽引する~ヨーロッパと日本の事例から/SC3cafe vol.10

2009年10月 5日

独立行政法人国際交流基金のプログラム・コーディネーター、菅野幸子さんを招いて7月に開催した「SC3cafe」のレポートを公開しました。
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産業構造の転換によって負の遺産を抱え、疲弊しきったヨーロッパの都市がクリエイティブの力でいかに再生を遂げてきたかが、菅野さんの分析を交えて紹介されています。国内外のさまざまな事例を通して菅野さんが見出した共通点とは、街の変化を支える人々の熱意でした。それは同時に、これから仙台が本当のクリエイティブシティとして成熟していくための、もっとも大切な原動力となるものです。街にとってなぜ今クリエイティブが重要なのか、市民が街と共に成長していく相互作用的な関係を深めていくためには、そしてこれからの創造産業を担っていく子どもたちへのアプローチとは。文化活動やクリエイティブ産業に携わるあらゆる方々にとってのヒントがちりばめられたレポートとなっています。ぜひご一読ください。


●はじめに~街の復興を支えるクリエイティブ
まず私がなぜクリエイティブクラスター、クリエイティブシティというものが大切だと思い始めたかという話をします。私は宮城教育大に勤めていた時、初めてヨーロッパに行きました。80年代後半、夢描いていた憧れのヨーロッパだったんですが、実際には街中が真っ暗で失業者が多く、ロンドンの中心で走っている車はどれも中古車でボロボロだったんです。そのとき日本は高度経済成長期だったのでみんな新車を乗り回していた。それで新しい車ばっかり見ていた私の目にはロンドンの街が本当にすすけて暗く映りました。ケンブリッジやオックスフォードという名だたる大学を出ていても、みんな仕事がなかったんです。初めて見たヨーロッパがそういう状況で、その後留学し、そんなどん底からヨーロッパの国々が這い上がってきたという歴史を見てきた時に、いったいそこにどういう過程があったのかということを興味深く感じるようになってきました。それがまず、私自身がこのクリエイティブシティとかクリエイティビティとか、人間にとって「自分でモノを考える力」というものがなぜ大切かというのを考えるきっかけになりました。

日本も戦後復興から奇跡的に経済成長を続けてきた国ですけれども、ヨーロッパはヨーロッパの違うやり方でやってきている。それを含めて、やっぱり人間の知恵を使っていくということが街を作っていくうえでは一番大切だと感じます。いわゆる成功モデルと言われている街を訪れた時に一番感じるのは、そこに住んでいる人たちが頑張って、この街が好きだからという思いを持って街と一緒に育っていく人が必ずそこにいらっしゃるということです。街がひとりでに育っていくわけではなく、そこに住んでいる人が必ず関わって街を盛り上げているということがあると思います。

クリエイティブシティ、あるいは街の復興の成功モデルと言われているところはいろいろとあります。たとえばビルバオはフランク・O・ゲーリーが美術館を作ったということで成功モデルと言われていますけれども、実際に訪れてみた印象でははたしてそうかなと。行政主導であるというのはもちろん良いことではありますけれども、そこに対する街の人の思いがあまり感じられないと思うこともしばしばありました。

そもそも私たちが生きている21世紀という今の時代は、皆さんも感じておられるように都市間競争の時代になっています。仙台だとか東京、大阪、名古屋といったところにどんどん人口が集中して、山間地域が疲弊しているという事実があります。世界中で都市というところの役割が以前とは変わってきていて、都市には労働者の方たちが仕事を求めてやって来るという状況がますます拡大している。さらに地域間格差の拡大であるとか、そうした要因があろうかと思います。また、産業構造の変化によって製造業が衰退し、昔の工業地帯、工業都市が一番課題を抱えているという状況があるわけです。そういった背景から、IT産業、コンテンツ産業、デザイン、アート、建築、それからサービス産業など、アイデアと知恵をどうやって経済化、産業化するかということが問われる時代になっています。特にグーグルやヤフーなど、ソフトのコンテンツが巨額の利益を生み出すような時代になってきているわけですから、これまでの製造業関係が疲弊し、次の時代を見据えてどういうソフトを作っていけるかということが問われていると思います。そうした知恵やアイデアを金銭や何らかの形にしていくこと、いわゆるクリエイティブエコノミーであるとか創造経済、創造産業、クリエイティブインダストリーというところへの構造転換が図られてきて、ヨーロッパもアメリカも、何よりアジアの地域が一生懸命やっている。中国、韓国、香港、インドネシア、インド、シンガポールといったところが、いわゆる創造産業でしのぎを削っていく時代になってきています。

そんな中で、自分は経済の分野だから、自分は政治の分野だから、あるいはデザイナーだからというふうに、1つの分野だけで考えていては仕事ができない状況になっています。やはり多角的な、あるいは多元的な考え方、能力というものが要求される。しかし、これが今の日本では一番苦手な分野になりつつあるんではないかというのが、私が感じている懸念の1つなんですね。それは自分が受けてきた教育の経験でも、また大学院レベルであってもそういう考え方で子どもたちの教育が行われている。次の世代をどう育成していくか、子どもたちの教育をどうしていくかというのは、これから一番の大きな課題になるんではないかと思っています。


●イギリスのクリエイティブ政策
そういう状況で、クリエイティブインダストリー、クリエイティブシティ、クリエイティブクラス、クラスター、クリエイティブコアというように、経済や街、階級的なもの、そういったところにすべて「クリエイティブ」という言葉がつながるようになってきました。このバックグラウンドにはいろんな説があると思うんですが、たとえばイギリスでどうしてそういう考え方が広まってきたかということを申し上げます。

1996年、アーツカウンシル・イングランド----これは日本でいう文化庁に近い組織ですが----そこが国勢調査を元に、1981年から10年間に文化であるとか芸術であるとか、いわゆる創造的なセクターの人口比率を調査したんです。そこで、人口の34%が増加していたということがわかりました。たとえばどういう分野の人が増加しているかというと、人口比率にするとファッションデザイナーが88%、グラフィックデザイナーが71%、プロデューサー・ディレクターが41%、ライター・ジャーナリストが23%。さらに一番驚かれたのが、その中で女性の占める割合が進出率の69%、7割近い数を示していることでした。クリエイティブインダストリー、創造産業、知的なもの、アイデアやデザインといったものが経済的な波及効果、利益を上げることが数字的に実証されたわけです。そのあと改めて、イギリスの大学がクリエイティブインダストリーのマッピングを、ロンドン市内などイギリスの各地域で行いました。その結果、イギリスのGDPの4%を創造産業が占めることが判明したわけです。そういったことから、やはりこれからはこの分野が主要な経済分野に成長していくであろうということが予想されたわけです。

そして、97年にトニー・ブレアが首相になりました。彼は、若いというイメージと勢いでさまざまな政策を考え、「クリエイティブインダストリー・タスクフォース」というものを立ち上げました。「創造産業」を「個人の創造性の技術・才能を活用し、知的財産の創出と市場の開発を通して、知財や雇用を生み出す可能性を有する産業群」と定義して、これからのイギリス経済を牽引する産業と位置付けました。もちろんすでに当時、リチャード・ロジャースのような建築家がいて、ロンドンのアートスクールで勉強するファッションデザイナーの人たちなどもパリコレで活躍していました。一方でイギリスというと、アフタヌーンティーだとかカントリーハウスだとか、トラディショナルなイメージというものも世界的に広く知られていた。そこでイギリス政府は、世界で調査をしたんですね。特に若い層に、イギリスがどういうイメージで映っているかということを調べました。すると、やっぱりイギリスはどちらかというとオールドファッションで古いというイメージが出てきた。このとき、イギリス政府は「クール・ブリタニア」というイメージを打ち出しました。

ところで当時の90年代、あるいはそれ以前、日本ではいわゆるクリエイティブインダストリー、アニメやコンテンツ産業が進んでいた。自動車産業もそうですが、いろんな産業分野では日本やアメリカが先駆けていたので、イギリスは経済的にもてこ入れする必要があったんですね。ですからこのクリエイティブインダストリー・タスクフォースというのは、実は日本やアメリカを目指して立ち上げられたものだったんです。当時の日本の技術というものが世界にどう映ってきたかということが、裏返してみれば考えられることですね。

そうしてイギリス政府はクリエイティブインダストリーとして13の分野----広告、映像・ビデオ、建築、美術・アンティーク市場、舞台芸術、出版、工芸、ソフトウェア、デザイン、コンピューターゲーム、テレビ・ラジオ、ファッションデザイン、音楽----を集中的に育成していこうという話になります。

また、次の創造産業を担っていく子どもたちをどのように育てていくかということが議論されまして、「クリエイティブパートナーシップ」というプログラムが2002年に創設されています。そこにはイギリスの複雑な社会背景があって、特にロンドンでは30の言語が話されているほどいろんな国々の人たち、移民の方たちが集まってきているわけです。すると、その中で言葉の壁であるとか、教育もバラバラだとか、さまざまな方が同じ街の中で一緒に生きていくための課題が深刻なんですね。学校に行っても言葉の差であるとか、社会的な背景がそれぞれ違いますので、教育格差というものがかなり出てくる。そういった格差をもなくしていこうということがあって、学校教育の中にアートやクリエイティブなプログラムを取り上げていくクリエイティブパートナーシップが創設されました。

これは、「子どもたちの学校での学びをより楽しく創造的なものにすること」を目的として、文化メディア・スポーツ省と英国教育技能省、日本で言うと労働省みたいなところが一緒の補助金を合わせて設立しました。なぜかというと、これからの創造産業の担い手、クリエイティブな人たちが育っていくことによって、雇用にも関わってくるからです。最初から4千万ポンド、約80億円とかなり大きな金額を初期投資して、学校教育レベルでもかなりの努力をしています。

2002年4月に、最初は2年間のパイロットプログラムとして始まったんですが、あまりにも好評だったので延長し、現在に至るまで続いています。イギリスといっても、まずはイングランド内で行われているプロジェクトですね。イングランド内を36に分け、1,100校、55万人の子どもたちが参加し、3万2千人の教員と関係者がトレーニングを受けます。たとえば自分が学校を改築したいと思ったときに、子どもたちが建築家の人と一緒に学校を改築するプログラムをやるであるとか、たとえば自分がアフリカから来ている移民であるという場合に、お母さんがどうやってアフリカからイギリスまで来たのかというストーリーを聞いて、それをミュージカルにしようであるとか、そういったプログラムを設ける。そして必ずプロのアーティストと組んで行うんですね。そんなふうに、子どもたちがイニシアチブを持ってあるプログラムを立ち上げたときに、アーティストと学校をつなぐ役割をしているのがクリエイティブパートナーシップです。先生方も学校にアートを持ち込むということには慣れていませんので、最初からすぐにできるわけではなく、教員もアーティストも最初からすぐに教えられるわけではありませんので、トレーニングを行ってフォローもしているというわけです。

イングランド内を36のエリアに分けたと言いましたが、それぞれにはエリアオフィスを設置しました。学校から何か相談があったら、エリアオフィスの人たちが「こういうアーティストがいる」とか、「こういうプログラムにしたらどうだろうか」とかいうふうに、いわゆるコーディネーターの役割で学校とアーティスト、あるいは建築家、デザイナーを結び付けて、ありとあらゆることをやっています。学校でコンピューターゲームをするとか、フェスティバルで仮面を作るとか、さまざまなクリエイティブな活動とつなぎ合わせています。いま、日本の学校教育の中では図画工作だとか音楽の時間だとかがむしろ減ってきているような状況にあると思うんですが、はたしてそれでいいのでしょうか。

もう1つのポイントは、本物のアーティスト、クリエイターの人たちが必ず現場に入っていくということです。やはり学校の先生が片手間でやっても完成度は求められないし、きちんと教えることもできないと思うんですが、アーティストが入って現場で子どもたちと一緒に作業することで、子どもたちの可能性を広げることができる。たとえばダンサーの人が入ってきて、パフォーマンスを1つ作るなんていうことが学校の中でできたら、子どもたちは伸びるし、やる気も出ますよね。そういうこともクリエイティブパートナーシップの仕事の1つです。学校の中で子どもたちがどうやって自己表現をしていくか、そのプログラムもアウトプットも自分たちで考えて表現していく。そういうことまで今、イギリスの中では教育の中に取り入れられている状況です。

こうした試みは日本でもありますが、クリエイターの人たちが小学校・中学校・高校・大学、ありとあらゆるところに入って一緒にものを考えて何かを作るということはもっと試みられてもいいんではないかと思います。札幌では「アーティストインスクール」という、アーティストが転校生という特別な存在になって、子どもたちと一緒に給食も食べて授業も受けて体育もしながら、何か一緒にクリエイティブな仕事をしていくということをやっています。そういった試みがもっと広がると、学校に通うのがちょっと楽しくなるんじゃないかなと、子どもたちのためには思うところなんですけれども。

しかし、実はイギリスもその前の教育が非常にクリエイティブではなかったという事実があります。それで「オールアワーフューチャーズ」、すべてはこれから次の世代、私たちの未来のためにという報告書を作って、ケン・ロビンソンという大学の先生がクリエイティビティを取り入れたカリキュラムを作っていきましょうと提案したんです。このほかには、当時バーミンガムフィルを率いていたサイモン・ラトルという人、今はベルリンフィルのトップですが、彼がベルリンフィルに移動してすぐにキッズプログラムを始めました。子どもたちはダンスをして、フィルは音楽をやるというものだったんですが、オーケストラのトップと社会の底辺にいる子どもたち、住んでいる世界が違うのでなかなか普段は会わない両者が一緒に何かをやるというものでした。

それから、ロンドンがパリに勝ったオリンピックプログラムというのは、若い人たちをどういうふうに次の世代につなげていくかという文化プログラムだったんですね。それを作ったのはジュード・ケリーという女性なんですけれども、彼女は「ウェストヨークシャー・プレイハウス」というイギリスの一地方にある演劇センターをすべてバリアフリーにしました。私たちが劇場に行ったときに、楽屋口と観客の入り口は異なりますが、彼女はそれをすべて1つの場所にした。一般の人も役者に会えるし、ディレクターや舞台芸術、裏方をやっている人など誰とでも会える。そんな試みをやった人がこの報告書を作っているんですね。このように、何がこれからの時代に必要かと考え、それを実際に国の政策レベルで取り入れて変えてしまったというイギリスの底力というのは大きいなと、すごく感じるところです。
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後編に続く

クリエイティブな力が街を牽引する~ヨーロッパと日本の事例から/SC3cafe vol.10
・日時 平成21年7月24日(金) 16:00~17:30
・場所 カフェ エ クレープリーノート
・ゲスト 菅野幸子氏(独立行政法人国際交流基金 プログラム・コーディネーター)
・参加者 デザイナー、アパレル、教育機関、行政機関の方など14名


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