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ブライト(中編) 不安いっぱいの独立、立ち消えになった計画

いくつか職場を変えながら知識や技術を一つ一つ身に付け、満を持して独立。順風満帆に見えるそのストーリーの裏側には、周囲の人々に翻弄(ほんろう)される出来事があった。それでも困難な時期を乗り越え数々の実績を重ねてこられたのは、もちろんクリエイティブの高さもあるが、何より仕事に対する誠実な姿勢が評価されてのこと。現在中心的に行っているブランディングについての話から、その一端を垣間見ることができた。そしてSC3にとっても興味深い、あの話。

不安いっぱいの独立、立ち消えになった計画

−ブランディングの仕事が多いということですが、心掛けていることはありますか。

荒川 問題点があるところに対して軌道修正を、いい点はより伸ばしていくことを僕たちはいつも心掛けています。ですから、ぼんやりとデザインを良くしたい、何かおしゃれなものを作ってほしいというようなことに対しては、お応えするのがなかなか難しいと思っています。現状のヒアリングをしながら、例えばこの商品が売れていないのはどこに問題点があるんだろうと、デザイナーとして、一人の一般人として探していきます。

それは1つ2つの広報物で改善できるものなのか、半年あるいは1年かかるものなのかというのを判断して提案させていただきます。例えば商品が並んだときに、簡単に言えば統一感がなかったり、印象が薄くてどこの商品か分からなかったり、ブランドとしての力がないのはどこかに原因があると思うので、そこを軌道修正していくプランを出させてもらうと。そういう意味では外食企業での、90%ぐらい別の仕事をしていた経験が生きているかもしれません。

丸森町筆甫(ひっぽ)地区で作られる「へそ大根」をブランド化。ロゴマーク、コピー、パッケージを手掛けた

−大きな挫折もなく、とんとん拍子に実績を重ねてこられた印象です。

荒川 いやいや、全然そんなことありませんよ!そもそも夢をかなえてデザイナーになったというわけではないんです。独立を考えたのがちょうど震災後で、いろいろな事業者の方が東北に入ってきていた中で、新会社を設立するので取締役として参加してもらいたいと声を掛けてもらったんですね。ああ、これがヘッドハンティングかと舞い上がってしまいまして(笑)。震災の年の10月に会社に辞めることを告げて、6カ月間の引き継ぎ期間を経て翌年4月で退社したんですが、その会社はいつまでたってもできませんでした。

−それは…。

荒川 そのままだと収入がなくなってしまう状況で、当時、僕にできることはデザインしかなく、いったん個人事業主としてデザインの仕事で生計を立てるので、会社が準備できたら声を掛けてくださいと伝えました。その後連絡がないまま、いまに至るという…(笑)。やばい来月の収入ゼロだと切羽詰まって始めたため、最初の1、2年はすごく大変でした。そこからは、本当にありがたいことですが、徐々にご相談いただくことが増え始めていまに至ります。

−外からの見え方とは全然違うものですね。それでも仕事が絶え間なく入ってくるようになったのは、どういうところが良かったんだと思いますか。

荒川 うーん、なんでしょう。頂いた仕事はとにかくちゃんとやる、ということしか考えていないんですけど。そして「絶え間」はあります!もっと仕事が欲しいくらいですよ(笑)

−何となくですけど、常に要求された以上のことをしてこられたんじゃないかと感じました。

荒川 一つの案件で少なくとも、いつも80〜120ページ、多いときで200ページぐらいの企画書を作るので、それはよくお客さまに驚かれます。

ブランディングの仕事に関しては、ロゴマークのA案があったとしたら、白い紙にロゴマークがポンと置かれていても、その状態を見ることは企画書以外一切ありませんよね。何かの一部に入っている状態しか見ないものなので、そのA案を使った名刺や封筒やウェブサイトや、その業態に対して想定できる必要なデザインを頼まれていないのに最初に全部作っちゃうんです。そういう意味ではおっしゃるように、頼まれた以上のことをしているというのはあるかもしれません。

この日の取材でも数十枚にわたる資料を用意してくださっていた

あとは、自分のやりたいことをなるべく言うようにしています。誰かの記憶に残って「そういえば荒川君が何か言っていたな」みたいにつなげてくれることも時々ありますね。

−なるほど。もしかしたらこの記事がきっかけでつながるかもしれませんし、いまどんなことをやりたいか教えていただけますか。

荒川 デザインの方では、商品のパッケージ、オンラインショップの構築、建物の案内サインをもっとできないかと思っています。共通しているところが、人とのリアクションが早いところ。フライヤーや目的を持たないオフィシャルサイトなどは、それによっての成果やリアクションは分かりにくいですが、パッケージは製品の売り上げに直結しますし、オンラインショップや案内サインは人がいなくても目的まで誘導できるかが重要です。

中でもサインについては、1TO2 BLDG.を運営する中でお客さまからトイレの場所を聞かれることが多かったんです。全てのフロアにスタッフが立っていて案内すれば一番いいんですけど、当然人件費がかかります。それを案内サイン一つで人件費に替えられるのであれば、そこにデザインの力がすごくあるなと。まず自分のビルで実験的にやっていきながら、経験値をつけていきたいですね。

1TO2としては、仙台圏に限らず、遠方地でのイベントや遊休不動産の活用などをやりたいなと思っています。あくまで問題がある地域に限りますが。

階段手前の壁にタイポグラフィーで示されたフロア案内

−その1TO2 BLDG.を運営することになった経緯についても教えてください。

荒川 これはこれで、また人に翻弄されたストーリーがあるんです…。

ブランディングの仕事で店舗の立ち上げを手伝っていると、建築士の方や不動産の方などから、どこの店舗がこれから退去するよとか、いわゆる未公開物件の情報が入ってくるんです。一方でお客さまからは、独立しようと思っているが物件が決まらないという話がある。それがちょうど中間的に集まって、不動産屋ではないんですけど、マッチングすることが何件かありました。

そのうちの一つで、あるスーパーのオーナーさんが体調を崩して店を閉めようと考えているという話を聞きました。80坪ぐらいの広い場所なので、単純なお店ではなく、そこを使って商店街を活性化させてくれるようなプランを持っている人を探していると。当時奥さんがカフェをやりたいと話していたので、僕たち自身でプランを出させてくださいとお願いしました。

持てる知識や経験をかき集めて、そこの商店街に必要なプランを考えました。カフェがあって、物販があって、シェアギャラリーのような場所があって、現在の1TO2 BLDG.と同様のプランです。ここで先ほど言っていた話になるのですが(前編参照)、MONO SENDAIのウェブサイトが更新されなくなってしまい、なんだか生産者の人たちが放置されている感じがして、だったら僕たちが直接仕入れて販売できるスペースも作っていこうと考えるようになりました。

店内だけでなく階段にも宮城の工芸品や手仕事が並ぶ

荒川 それも含め駄目元でプランを出したら「お願いします」と通ってしまいました。その後、銀行の融資審査も通り、あとは賃貸借契約書の仮になるような書類があれば実行されるところまで来たんですが、その書類が一向にもらえず。銀行さんからも催促があり、オーナーさんに聞いたら…(筆者注:詳細は伏せます)ということが分かって。いろいろ提案したんですけど、最終的には白紙になってしまいました。

−またもや…ですか。

取材・構成:菊地 正宏
撮影:松橋 隆樹

 

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株式会社ブライト

宮城県仙台市に本社を置く、小さなデザイン・ブランディング会社です。デザイン制作を中心に、遊休不動産の活用事業「1TO2BLDG.」の運営、その中でカフェ・物販・イベント企画運営・ギャラリー運営などを行っております。少人数ながら、新しいことへチャレンジしていきます。

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