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デザイナーのための知財10問10答|第10回 デザイナーに法のデザインは可能か

第10回 デザイナーに法のデザインは可能か

本連載もいよいよ最終回です。

「届けるまでがデザインの時代」になっているという前提から出発して、知的財産権や契約について、今の時代にデザイナーが陥りがちなトピックに焦点を当ててきました。デザイナーが把握しておくべき知的財産権や契約との距離感みたいなものがなんとなく掴めてきたかな、という感触が読者の方に生まれてきたのであれば、うれしく思います。

 

最終回ということで、具体的なトピックから離れて、少し大きな視点の話しとして3つのことをお伝えしたいと思います。

 

1つ目は、ルールは時代とともに変化していくべきものだ、ということです。例えば、いまだに写真や映像における著作物の軽微な写り込みについても著作権侵害になるのではないか、と心配しているクリエイターがいますが、そのような軽微な「写り込み」は2012年の法改正により適法になっています 。法律も時代の変化に合わせて毎年のように改正を繰り返しています。逆に、何年も変わっていない法律があれば、そのような法律は時代に整合していないと疑いの目で見るべきだと私は思います(もちろん普遍的な内容の法律も存在しますが)。

また、私は法律の「ユーザー」がその法律の使い勝手やあり方についてもっと意見を言うべきだし、それを政策に活かしていくべきだと考えています。法律の「ユーザー」という考え方自体、馴染みがない概念かもしれません。最近も、世間を騒がしているダウンロード違法化拡大法案の問題に対して、JAGDAが声明 を出したということがありました。「法律がこう変わったらいいのにな」というデザイナーの皆さんが現場でデザインに向き合って生まれてくる「生の声」や意見というのは、皆さんが思っている以上に、価値があります。デザイナーのようなクリエイターは、他分野の業界団体のように、残念ながらその意見が法・社会制度に影響を与えやすいようには現状なっていません。その意味で、デザイナーの皆さんが声を上げることについては無力感が漂うように感じられるかもしれませんが、それでもデザイナーが声を上げない限り、時代に合わせて法を変えていく、その起点すら作れないこともまた事実です。その意味で、今回上記のようにJAGDAが声明を出したことは記憶されるべきことではないかと個人的に考えています。

 

2つ目は、デザイナーが活躍する領域がますます広がっている、という話です。「デザイン思考」という概念がバズワードのように広がり、ビジネス領域も含めて、イノベーションの発生原理としてのデザインが注目されています(「デザイン経営」という言葉が出てきていることもすでにお伝えしたとおりです)。私もグッドデザイン賞の審査員として、昨今のデザイン領域の広がりに目眩を感じるほどですが、「モノ」のデザインから「コト」のデザインへ、という傾向は今年の審査でもますます加速するばかりです。そんなサービスデザインやビジネスモデルのデザイン、公共デザインなどといったコトのデザインの中で、私が現在、個人的に注目しているのが、「ウェルビーイング・デザイン」です。詳細はラファエル・カルヴォほか『ウェルビーイングの設計論−人がよりよく生きるための情報技術』をご覧いただきたいですが、IoTやコネクテッドカー、コネクテッドホーム、スマートシティにおけるセンシングなどにおける個人情報の取扱い、人工知能の開発倫理など、法や倫理がデザインの領域としてクローズアップされる流れが出てきています。ジョナサン・シャリアートほか『悲劇的なデザイン』で書かれているようなリスクマネジメント型のUXデザインも、このようなデザインの潮流の中に位置づけられるかもしれません。

このような領域では、デザイナーは本連載で言及してきた知的財産権や契約だけではなく、より幅広い法や倫理といった領域の「勘所」、そして何よりそのような分野に対する旺盛な好奇心を求められるようになるのかもしれません。

 

3つ目は、弁護士や弁理士などの専門家との付き合い方についてです。知的財産権や契約などの法について連載してきましたが、デザイナーとして弁護士や弁理士といった法律専門家の存在は、会社の登記を担当する司法書士や、税務を担当する税理士よりも遠い存在であることが一般的だと思います。

一方で、ロゴの商標出願・登録や、プロダクトデザインの意匠出願・登録、何らかの技術的なアイデアが生まれて、その発明を登録しようということになり特許出願・登録が必要になった際には、これらの出願業務を専門にやっている弁理士や弁護士に依頼するケースが出てきます。もっとも、商標登録に関しては、「Toreru 」など最近安価なネット・サービスが出てきており、出願のクオリティより時間とコストを優先するのであれば、このようなサービスを利用することも十分ありえる状況になってきました。また、本連載の第6回 でも触れたとおり、簡単な商標のチェックや出願であれば、政府が公開している資料などを参考にデザイナー自らが出願することも可能だと思います。最近、特許庁が公開した「事例から学ぶ商標活用ガイド」は様々な分野の事例が紹介されており、デザイナーにも有益な資料だと思います。

特許庁「商標の活用事例集「事例から学ぶ商標活用ガイド」
https://www.jpo.go.jp/support/example/trademark_guide2019.html

弁護士は、トラブルが発生した場合の法律相談や、契約書の作成やチェックなどが出番ですが、デザイナーの場合、クライアント企業などから契約書を提示される場合が多いことや、そもそも弁護士に依頼するコストに見合った案件なのか、ということもあり、弁護士の出番は多くなかったのが、従来だったと思います。コストという観点から言うと、私が理事を務めている「Arts  and  Law(アーツ・アンド・ロー)」という文化芸術活動を支援している団体があります。この分野に詳しい弁護士が交代で無料相談窓口 を開設しています。あくまで無料相談ですし、担当弁護士はみなボランティアで活動していますので、対応できる範囲には限定があることはご理解いただきたいですが、ちょっとした疑問や相談などに対するリーガルサービスとしては良いサービスだと自負しています。もちろん、この分野に詳しい弁護士に有料で相談したい、というお問い合わせも可能です。
また、コスト以外でも、デザイナー側で自己に有利なように契約書をカスタマイズしていきたい場合、デザイナーがイラスト、CG、音楽、コーディング等を外注する場合、新しいビジネスモデルをクライアントと一緒に作っていくような場合には契約を上手にデザインしていく必要があります。ただし、契約という法をデザインしていくのは弁護士ではありません。デザイナーである皆さんの意思なのです。デザイナーにはぜひ弁護士を上手に使いこなしてほしいと願っています。

 

さて、私が本連載でデザイナーの皆さんにお伝えしたいことは以上です。全10回お付き合いいただき、ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。

水野 祐 (みずの たすく)

弁護士(シティライツ法律事務所)。Arts and Law理事。Creative Commons Japan理事。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(リーガルデザイン・ラボ)。グッドデザイン賞審査員。IT、クリエイティブ、まちづくり等の先端・戦略法務に従事しつつ、行政や自治体の委員、アドバイザー等も務めている。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』(フィルムアート)、『オープンデザイン参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』(オライリー・ジャパン、共同翻訳・執筆)など。

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