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スズキスズヒロ

Creators Diary クリエイターズダイアリー

仙台で活動するクリエイターらが日々の出来事や想いを書き留める7日間のフォトダイアリー。誰にでも等しく訪れる一日。けれどもその数だけ異なる一日がある。書くことで読まれる出来事と、読むことで知る誰か。コロナ禍に顔を合わせる機会は減れども、それぞれの日常は続いている。「元気だろうか?仕事はどう?」と頭に浮かぶあの人が近くて遠いこの頃に綴る、一週間の記録です。(月3回更新予定)

2月28日 日 晴れ

午前、宅配便が届いた。東京の出版社からの献本だった。書名は「佐左木俊郎探偵小説選Ⅱ」で、論創社から3月11日に発売される。

作家であり編集者でもある佐左木俊郎は、明治33年に宮城県一栗村(現・大崎市)で生まれた。大正後期から昭和初期にかけて活動し、農民文学の旗手として注目されたが、病により33才の若さで夭逝してしまう。そのため現在は知る人ぞ知る作家となっている。

佐左木の生誕120周年であった昨年、仙台文学館では佐左木を特集した企画展が開催された。その告知用に私が描き下ろしたイラストが、今日届いた本の装画にも使われているのだ。

佐左木の代表作に「熊の出る開墾地」という作品がある。開拓時代の北海道を舞台とした物語で、若き開拓農民の雄吾が、ある男の命を追って猟銃を手に林の中を駆け降りる冒頭のシーンは、読み手の息をも切らすかのような臨場感がある。いつか漫画にしてみたいと思っている。

3月1日 月 晴れ

数日ぶりの外出だったので、うっかりマスクをつけ忘れて家を出てしまった。最寄り駅までの道すがら、すれ違う通行人がみなマスクをしているのを見て、「あ、そうだった!」と気づいたのだった。幸い、バックパックに予備のマスクを常備していたので、駅に入る前にマスクをつけて事なきを得た。

…と、思われたが時すでに遅し。鼻の奥がむず痒い。コロナ禍はもとより、花粉症の季節である事も失念していた。それでも鼻の方はマスクでいくらか和らいでいるように思える。問題は目の方だった。眼球の外郭に沿ってじわじわと指で撫でられるような感覚。目を開けててもひどいし、閉じてもひどい。

漫画「ゲゲゲの鬼太郎」では、目玉おやじが茶碗のお湯に浸かって気持ちよさそうにしている。私の両の目もひと風呂浴びて、花粉をきれいに洗い流してからまた戻ってきてはくれないか、そんなことを思いながら涙を垂れ流していた。スプリングハズカム。

3月2日 火 雨

朝の5時30分に目が覚めた。普段より2時間近く早い。せっかく得たこの時間を有効に使おうと考えて、湯に浸かることを思いついた。

朝風呂には独自の背徳感がある。風呂といえば、「夜、その日一日の疲れを癒すために入るもの」というイメージがあるためだろう、そこをあえて朝入るところが悪っぽくてよい。

民謡「会津磐梯山」の歌詞には、「小原庄助」なる人物が「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで それで身上潰した」とある。つまり、朝湯はだらしないのだ。(もっとも、この歌詞は後の流行歌手によって歌われたもので、民謡由来のものではないらしい。詳しくは知らない。)

すっかり悪ぶって、「ふふふ、朝風呂、良いではないか、けっこうけっこう…。」などと悦に入っていたら、体が温まったせいか再び眠気が襲ってきた。湯から上がったあともう一眠りして、目が覚めるといつも起きるのと同じ時刻だった。

3月3日 水 晴れ

今日は桃の節句だというので、妻がちらし寿司をこしらえてくれた。

「ちらし寿司」で思い出す話がある。

当時小学生だった私は、祖母とその友人の男性に連れられてとある寿司屋に入った。

その男性は祖母より年上で祖母は彼のことを「先生」と呼んでいた。

「握り2人前…それからこの子にはちらし寿司」。先生が3人分の注文を店主に伝えた。しかし、最後のちらしの注文が店主には伝わらなかったらしく、店主は、「へい、握り2人前」と応えた。ちらしのオーダーが入っていないことに先生は気がついていない様子だが、私はそれを声に出すことができなかった。

そうこうしているうちに握り2人前が出てきた。案の定、ちらしは一向に出てこない。

痺れを切らした先生は、「いつまで待たせるんだ!」と店主を怒鳴りつけてしまった。

自分がたった一言、注文の間違いを指摘していればこの店主は怒鳴られずに済んだのに…。私は、罪悪感と後悔の念に苛まれながら、遅れてきたちらし寿司を無言で平らげた。

3月4日 木 晴れ

夜、漫画を描いていると部屋の外から救急車のサイレンの音が聞こえてきた。大きな病院と消防署、そして警察署のそれぞれが、私が住んでいる集合住宅から割と近い場所に位置している。そのためほぼ毎日、何かしらの緊急車両のサイレンが聞こえてくるのだ。この部屋に越してきた当初は閉口したが、半月も住むと慣れてしまってほとんど気にならなくなった。原稿に夢中になっているとその音に気がつかないこともあるほどだ。

だがしかしだ。本来、サイレンというのは非常事態を知らせるためのものである。

その救急車は生死の境をさまよう患者を乗せて一刻を争っているかもしれないし、その消防車が現場に駆けつけることで誰かの大切なものが守られるのかもしれない。パトカーが向かうその先には事件や事故があるはずだ。

当事者にとってその一生を左右するであろう出来事の真裏で、それを間接的に知らされながらも聞き流し、日々を淡々と過ごしている。そのことに気がついた時、空恐ろしい気持ちになってペンが止まった。けれども、私は再びただペン先を走らせるほかないのだ。

3月5日 金 晴れ

夕方、馴染みのコーヒー屋に入った。苦味の深い一杯を燻らせながら、「今日の日記には何を書こうか」と考えるも頭が冴えないので、昨日まで書いてきた日記を読み返すことにした。

するとわかったことは、この原稿の「一日あたり200字〜400字程度」という目安に対し、昨日までの日記はいくぶん字数が多めであるということだ。

そこで、字数の調整を図るために本日はここでペンを置くことにする。

3月6日 土 晴れ

一日中漫画を描いていた。作業中に5代目 柳家小さんの落語、「粗忽長屋」を久しぶりに聴いた。「粗忽」というのは「そそっかしい」という意味で、その話の筋はこうだ。

ある朝、浅草の町を歩いていた粗忽者の八五郎は道端に人混みを見つける。人混みの中心には行き倒れの死体があり、その身元がわかる者を探しているという。死体を見た八五郎はこう言う。

「こりゃ、うちの長屋の熊の野郎だ。今朝も会っているから間違いない。いまから当人を連れてきて確かめさせてやる。」

死人が目の前にいるのに当人を連れてくるというのはいくらなんでもそそっかしいの度が過ぎているが、これを淡々と演じるので、聞いている方が間違っているような、おかしな気持ちになってくる。

考えてみると日記というのも奇妙なものだ。自分から自分を一度切り離し、他人のことを観察するように自らのことを文字にする。粗忽長屋の熊さんのセリフをもじって言えばこうだ。

「書かれてる俺はたしかに俺だが、書いてる俺は一体誰だろう。」

Illustration = スズキスズヒロ

マンガ家

1992年生まれ、仙台市出身。小学3年生の時、「石ノ森章太郎のマンガ家入門」を読んでマンガを描き始める。

2016年、短編「TRAINSPOTTING」でデビュー。2019年、初の作品集「空飛ぶくじら」(イースト・プレス)が発売され、同作で第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞。

マンガ執筆のほか、仙台文学館の企画展でポスター・展示用イラストを手掛けるなど、活動の場を広げている。

2種電気工事士、危険物取扱者などの資格を保有している。

E-mailsentoyakemu@gmail.com

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