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クリエイターインタビュー後編|明才(木版画家)

CREATOR INTERVIEW クリエイターインタビュー

美術は価値観を拡大して、固定するためのもの

明才さんの作品には、土地の風土に人々が愛着を感じられるようになる魅力があります。その魅力を視覚化し、新たな地域の伝統や文化が築き上げられることを「土着」と呼ぶ明才さん。その背景について伺います。

ー 大学は、宮城教育大学のご出身でしたね。

そうです。美術教師になるという建前で宮城教育大学の教育学部に入ったものの、教員免許を取らないで卒業しました。何にもなっていないという。笑 教育学部には生涯学習総合課程というのがあり、美術と教育について学んでいたはずなのですが、当時はまだその面白さに気づけていませんでしたね。学校教育以外で教育を担える人材をつくる目的で設立された過程ではありましたが「生涯学習」というもの自体、まだ周知されていなかったこともあり、私の記憶ではその職に就いた人はいなかったように思います。

しかし今にして思うと、美術と教育ってものすごく面白い分野だと感じています。

ー 私も同感です。でも、美術教育は年々削られてしまっていますよね。

今の日本の美術教育は上手くいってないんですよね。なぜ義務教育で美術をやるのかが共有しきれていないためだと思うのです。

美術教育は絵を上手に描けるようになるためじゃなくて、美術を通していろんな技法や美術家の発想を知ったり、素晴らしい作品はどんなところが優れているのかとかを考えること。そして絵を描いたりするときに、勉強した技法を使って表現したいものに近づける考察力や技術を学ぶためにあるんだと思うんです。上手い下手で評価されるものであってはならないんですよね、本来は。

このことに私が気づいたのは、33歳の頃なんですけどね。笑

ー なぜ時を経て、その面白さに気づかれたんですか?

以前、宮城県美術館の教育普及部長だった齋 正弘さん(※)という方が美術館を退職されるくらいの時だったんですが仲良くさせていただいて。教育普及の話とか面白い話をたくさんしてくださったんです。この頃がちょうど、人と話してるほうが面白くって「もう版画はつくらないんじゃないか」と思っていた時だったので「もう美術をやらないってことなのかな」と思い始めていたんです。でも齋さんに言われた言葉で「美術は価値観を拡大して固定するためのもの。つくることは別のこと」っていうのがあって、私が人と話してて面白いと思うことも美術なのかと思って、美術教育のことも気づかされたんです。

(※)齋 正弘(さい まさひろ)美術家/元宮城県美術館教育普及部長。1951年宮城県生まれ。宮城教育大学卒業後、ブルックリン美術館附属美術学校に学ぶ。宮城県美術館で30年以上にわたり教育普及についての研究と実践を行い、日本のエデュケーターの先駆的存在。

ー 明才さんの得意分野に「土着」とありますが、具体的にはどんなものでしょうか?

2018年に三浦さんからセリのラベル依頼をもらってから、現在の「東北の魅力をビジュアル化する」というスタイルになったんですね。東北にはいろんな人がいて、いろんなことを考えているのだけど視覚化は難しいということが分かったので、私がそれを担えられたらいいなと思いました。

土着はその視覚化するための手法の1つです。「その土地にあるもの」というニュアンスで作品の幅を広げています。私の好きなものであり得意分野としているものは、民俗・お酒・農業など伝統的なものに感じると思うのですが、いまは伝統と呼ばれていても、はじまりは新しくPOPなものだったと考えています。

例えば舞台美術と衣装を担当させていただいた、ミュージカル『シシ こころしずかに遊べ我が連れ』で表現されている東北の伝統芸能「鹿踊り」。これも若い人たちが部落の外で流行ってる踊りを「面白そうだからやってみよう」という感覚ではじめたものではないかと想像します。いまでいう、ストリートダンスみたいな。笑

そう考えると、いまは鼻で笑われたり理解してもらえないことでも、これが洗練されていって100年続けば、その土地独自の動きだったり衣装とかが加わって伝統的なものになって行きますよね。

なので私は、その洗練させるためのお手伝いができたらいいなと思っています。何か別のものになって価値が見出されていく感じが面白くて好きです。

ー 「土着」の活動で、印象に残っているものはありますか?

「ぎんの星」という社会福祉施設(東松島市)に通っている方たちと絵を描いたのですが、すごい面白い作品をつくられるんです。美術的に見ればそんなに珍しいものでもないのですが「東松島という、いまこの場所で生まれているこの作品は美しいよね。だから大事にしたい」と思いました。

施設長は私と同じ考えをされていたので、絵の作品をTシャツにしたり施設でつくっている農作物のラベルにして作品の価値を広げていきました。社会福祉施設なので100年続く可能性があり、創業何百年も続く伝統的な老舗旅館のように魅力が出てくることに期待を募らせています。

その魅力は東松島以外の人たちや美術的評価をいただくことも大事なのですが、それと同じくらい「東松島に住んでいる人たち自身が楽しむこと」が必要。他人事になってしまうのでは勿体ないし「土着」ではなくなり、魅力が半減してしまう気がします。その土地の魅力はそこで生きる人たち自身が楽しんだり、誇りに思えることが「土着」であり「その土地にあるもの」だと思っています。

ー とても思い入れがあるんですね。

大学生の時に友人と「美術的で優れた絵を描いてみんなに褒められたとしても、自分たちのおばあちゃんに見せたらきっと理解してくれないだろう」という話をしたのが、ずっと忘れられないんですよね。

それでちょっとしたきっかけや披露の仕方で、おばあちゃんに興味を持ってもらえるのではないかと考えました。「ぎんの星」のように商品のラベルにしたり「お店で使われてるの見たよ」とか、日常生活の中で愛着が生まれるものを育んでいきたいと思いました。もちろん長く続けるには美術的な魅力も必要。両方とも欠かせないものだと思うので、双方が影響し合うことを大切にしたいです。

ー 今後やってみたいことはありますか?

本の装丁がやりたいです。私は出版物が好きみたいで、これまで触れてきた絵は印刷物が多いんですよね。漫画やキャラクターもの、お菓子のパッケージも好きでした。

本の装丁では特に大正時代の本とか本当に可愛いくて、昭和30年代ぐらいのものには装丁までもが木版刷や布張りになっているものもあるんです。表紙の裏側とかにも可愛い印刷がされていたりしてとてもこだわりを感じます。

浮世絵をはじめとして、木版画は印刷技術。明治・大正時代になると文庫本が多く出版されているんです。活版印刷もあったかもしれないのですが、手で刷られてるということを考えるとすごいですよね。

ー 木版画を続けている根底には、出版物への愛着があるからなんですね。

そうですね。出版物が好きっていうのと、木版画のズレやにじんだ感じとか掠れるところが好きでそうなることを歓迎しています。笑 だから私は木版画家であって、職人ではないんですよね。

ー 好きなものに真っ直ぐな明才さんは、素敵です。

好きなものは生まれた頃から決まっていただけなので。でも一時期「一人でなんでもできるようにならないといけない。苦手なこともできるようになるのが人間として偉いのだ」と思っていたこともありました。でも一人で全部できるようになるんだったら、人間そんなにいらない訳ですよね。笑

いろんな種類の人間がいるっていうことは、それぞれが得意なことをやって苦手な人の代わりを担えば、そこで経済も回って良いことづくしだと思いませんか?

だから好きことは「あまり理由とか考えずにどんどんやればいいんだな」と、最近になって気づけました。だからといって、生活が豊かになったわけでも成功してるわけでもないのですが、今がとても楽しいです。

ー 明才さんが思う「成功」とはなんでしょうか?

成功してないと言いつつ、ほぼ成功してるんですかね。「嫌なことをしない」が私にとっての成功なのでしょう。笑

嫌なことをしないで生きるというのが、私自身に対して誠実だと思っています。私にとって「体裁を繕うために嫌々ながらやる」みたいなのは良くないんです。でもこれができる人はいるし、その人の生き方だからいいと思うんです。でも私は無理をして「人生終わりか」と思うほど落ち込んでしまったので、人間生きてるといろいろありますね。

ー そうですね。自分に誠実であるために心掛けていることはありますか?

嘘をつかないこと!自分に嘘をつくことはとても怖いことです。人間は多種多様な考えをもって生きています。私は10才の時に私の生き方が両親とは違うものだと悟り、批判や反対をされることから避けて、やりたいことや好きなものを誰にも話さない「黙る癖」がついてしまいました。それが原因で蒸発しそうになった時、私が私自身に不誠実だったことに気づいたんです。だからもう私は、私に嘘をつきません!

― これから宮城でどんな仕事をしてみたいですか?

仙台の街は、広くもなるし狭くもなる街だなと思っています。仙台でなにかしようと思った時に、いろんな人が揃うんですね。

例えばクリエイターを探すとライター・カメラマン・出版関係者もいるという意味では職能が揃っているけれど、仙台市内からそれ以上は広がらずに人材も固定されているので、新しい人が入りにくいように感じます。仙台に人材を止まらせずに宮城県全域に職能のネットワークを広げて、私のようにものづくりをする人たちの仕事が増えていくと「みんなが幸せになるだろうなー」と思います。

ー では最後にクリエイターを目指す人たちにアドバイスをお願いいたします。

好きなことをだけをやった方がいいですね。そして苦手なことを解決するアイディアを持つことをおすすめします。また、自分の好きなことと嫌いなことなどをしっかり自己分析することを大切にしてほしいです。

取材日:令和3年2月10

取材・構成:太田和美
撮影:はま田あつ美
取材協力:仙台文学館

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明才(みょうさい)

1979年宮城県名取市生まれ。仙台市在住。木版画家。宮城教育大学教育学部卒業。2009年リアス・アーク美術館「N.E.blood21 若生奇妙子展」。2011年 若生奇妙子から若生明才へ改名。2012年から「人形劇団ポンコレラ(工藤夏海 主宰)」に参加。2014年 若生明才から明才へ改名。2017年から現在のスタイル「東北の魅力を視覚化(ビジュアル化)」を展開。2020年11月から仙台文学館発行「文学館ニュース」の挿絵を担当している。

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