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藤崎未来創造ラボ(前編)販売、MD、ものづくり、店舗開発、そして今

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創業200周年を迎えた仙台の老舗百貨店「藤崎」。知らない人はいない一番町のシンボルだが、その中に「未来創造ラボ」というチームがあることはまだあまり知られていない。長い歴史の中で幾度とない時代の波を乗り越えてきた百貨店が、これから見据える未来への挑戦とは。ラボのリーダーを務める千葉伸也氏にお話を伺った。まずは千葉氏が入社してからラボを立ち上げるまでのストーリーから。

販売、MD、ものづくり、店舗開発、そして今

−2019年で200周年を迎えられました。歴史を振り返っていただくにはあまりに長いのですが、かいつまんでお話しいただけますでしょうか。

千葉伸也(以下、千葉) 百貨店は歴史の長い企業が多いのですが、それでも200年というのはそう多くはありません。1819(文政2)年、初代藤三郎助(さぶろうすけ、藤崎の崎はたつさきが正式表記)に始まり、現在の社長が7代目となります。もともと太物商(木綿業)から始まり、呉服店を本業として、絹や綿に扱う素材を変えながら事業を続けてきました。それまで座売りが一般的だったものを、近代化に合わせ、人が自由に歩いて見られる陳列式の百貨店となりました。ご存じない方も多いと思いますが、実は日本初のダブルエスカレーターを取り入れたのも当社です。

高度経済成長期やバブルの時代に入ると豊かさの象徴のような「モノ」や「情報」を東京から集め、一言で表せば「お客さまに豊かな生活を提案する役割」を果たしてきました。現在はモノも情報も伝わるスピードが上がり、お客さま自身がそれを得やすい時代となりました。その中でも、お客さまの『よりよい暮らし』のお手伝いをすることがわれわれの役割だと考えています。

1930年代当時の藤崎百貨店(写真提供=藤崎)

−仙台駅前の発展や郊外化など時代の変化による苦境もあったと思いますが、どのように対応してこられたのでしょうか。

千葉 私たちは、地域発展主義、創意実行主義、そして顧客第一主義という経営理念を掲げています。理念の中にあるように、私たちだけでなく地域が一緒に発展していかなくてはならないと考えています。その中で本店は中心市街地を形成する仙台駅前と行政機関が集まる一番町までをつなぐ接点としての役割も担っています。だからこそお客さまにとって魅力ある店づくりや品ぞろえを、時代の変化に合わせて提案してきました。その積み重ねが今の藤崎を形成していると思います。

−千葉さんが入社されてから現在までを振り返っていただけますか。

千葉 2005年に新卒で入社し、販売員として当時のリビング・食器売り場でお箸を担当しました。ちなみにお箸というのは百貨店で一番坪効率がいい商品なんだそうです。その後、POSシステム(販売時点情報管理)の開発プロジェクトに携わり、2008年には3階の婦人服に異動します。当時の婦人服はお客さまの多い百貨店の花形売り場でした。そこで3年ほどアシスタントバイヤーを務めます。

その時は、藤崎の若手社員で構成される「藤崎すずめ連」のリーダーとして、仙台すずめ踊りの活動も熱心に行っていました。仙台・青葉まつりの「すずめ踊り大賞」の最高賞に当たる「独眼竜政宗賞」を取るためにはどうすればいいか、仲間で採点基準を分析していました。

私たちのように数週間の練習だけでは一年中踊っている人たちにはまず勝てませんが、当社は新入社員全員が踊りますので、逆に元気と若さを生かそうと。そして、ほかの競合とは違うポジショニングを取ろうと。藤崎のイメージソング「好きさ、この街が」を歌いながら踊るなど戦略的に挑み、2010年に受賞することができました。その後、すずめ踊り大賞はなくなったので、今のところ最後の独眼竜政宗賞に名を刻んでいます。

2019年の「仙台・青葉まつり」でのすずめ踊り(写真提供=藤崎)

震災を経て2012年、三越伊勢丹さんの婦人服の商品部に約3年出向しました。三越伊勢丹さんには地域の店舗が23店舗あり、そこで展開するオリジナルの婦人服のショップがありました。その中重衣料担当として、コートやワンピース、ジャケットなどのものづくりを行いました。

−百貨店のオリジナル衣料を開発するんですか。

千葉 はい。当時は商品チーム中心にパターンから考えて、製造を委託して、それを1年間52週間、商品計画や納品管理、展開計画などを各ショップに発信するということをしていました。「ニューズスクエア スタイリング」というユニットショップですが、それが少しずつ形を変えていって、新しいブランドも立ち上げるなど、2年間ものづくりの貴重な経験をさせていただきました。

3年目は、少し婦人服が厳しくなるだろうという予測の下、ブランドショップの効率化や全国ショップの改装に携わらせていただきました。婦人服のブランドは非常に多く、一つのアパレルメーカーでもコンセプト違いのブランドをいくつも展開していて、それぞれに在庫や販売員さんを抱えていました。ものづくり手法や素材が同じでも、似たような商品が別々のブランドに置いてあるので、それを一つにしましょうと。コンパクトなショップでもお互いが運営の負荷を減らしウィンウィンにやっていけるような、新しいビジネスモデルの構築に携わらせていただきました。

それを経て藤崎に戻ってきた時には、MD(マーチャンダイジング=商品化計画)の経験が自分の強みになってきたこともあり、東北一円をターゲットとした、地域店舗の新規出店計画に携わらせていただけるようになりました。地域店舗は藤崎全体の売り上げの約10%を占めますが、老朽化が進んでいるところが多かったんです。当時の藤崎古川店は旧市街地でコンビニエンスストア程度の面積にもかかわらずお客さまに大変支持されていて、「奇跡の店舗」などといわれ全国から視察が訪れるほどでした。そういう店舗をブラッシュアップして移設し、藤崎古川店のほかに六丁の目のサテライトショップ、藤崎山形店、藤崎船岡店の4店舗に携わりました。

2016年にリニューアルオープンした藤崎古川店(写真提供=藤崎)

−近年、藤崎は地域の小型店を積極的に展開されていますが、その狙いは。

千葉 本館はわざわざ足を運んでいただく場所といいますか、ここでしか買えない商品やギフト選びなどお客さまが何かしらの目的を持って来られる場というイメージです。それに対してより利便性が高く、地域の人たちがデイリーにご利用いただけるような本館のサービス機能や商品ラインアップで、こちらからお客さまの方に近づいていくという、お客さまとの接点拡大を目的としてお店のアップデートを続けています。

そこで新しいお客さまとつながりができ、より地域に根差した施策も打ちやすくなりました。小型店の商品を一括で束ねる中で、商品の9割くらいは共通でも1割は地域のものを入れるようなことをしながら、店舗開発を2年ほど行いました。

−その成果はいかがでしょうか。

千葉 おかげさまで順調に伸びています。やはり「藤崎」ののれんが大きいと実感しています。マーケット調査も手間暇かけて行っているので、地域のお客さまが手軽にギフトを送れたり、わざわざ仙台に来なくても良いものが買えたりする場所が求められていると感じます。

2016年からは本館の商品計画担当になり、ものづくりやイベントづくりを行いました。商品系でずっときて、18年に経営企画部付けで未来創造ラボの一員となりました。

販売員からさまざまな経験を経て、藤崎未来創造ラボの設立メンバーとなった千葉さん

取材・構成:菊地 正宏
撮影:松橋 隆樹

 

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株式会社藤崎

〒980-0811 宮城県仙台市青葉区一番町3-2-17

TEL:022-261-5111(本店代表)

創業1819(文政2)年。事業内容は百貨店業(店舗販売、外商セールスによる外販)。

事業所:本社/仙台市、営業店/秋田、盛岡、一関、山形、原町、福島、気仙沼、佐沼、古川、石巻、塩釜、船岡、白石、庄内、サテライト店/泉中央、長町、六丁の目、石巻

藤崎関連企業:株式会社フジスタイリング(紳士服縫製業)、藤装建株式会社(内装工事)、株式会社藤崎エージェンシー(藤崎友の会、保険代理店)、株式会社藤崎ビジネスサービス(人材派遣・紹介)、株式会社藤崎商会(不動産業)

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